熊野九十 九王子の第二王子社 阿倍王子神社 


“あべの”の地名の由来となった安倍一族の氏神社で、一説には仁 徳天皇のご創建と伝えられています。

平安時代の初期、天長3年(826)弘法大師空海が、淳和天皇の勅命で当社に参り、疫難退散の祈祷を修して功なり、疫病を治癒する寺という意味の「痾免寺」(通阿倍)の勅額を朝廷より賜ったとされています。

また当社は藤原定家の日記 『名月記』の「後鳥羽院熊野御幸記」では窪津王子、坂口王子、コウト王子の次に、阿倍野王子と見え本来は第四番目の王子社でしたが中世の戦乱で途中の王子社が無くなり江戸時代から第二王子と呼ばれております。

『阿倍王子神社』の境内はそんなに広くはないのですが、両脇に樹齢500年の大きなご神木が4本あります。

境内には熊野神の神遣いである八咫烏(やたがらす)の 銅像が祀られており、願い事をすれば熊野三山まで届けてくださ るそうです。

天王寺蕪

大阪府大阪市天王寺付近が発祥地だといわれている(名のもと)。

「和漢三才図会」や「摂津名所図会大成」などにも収録されており、徳川時代から明治末期までが栽培の全盛だったが、耐病性の問題から大正末にはほとんど尖りカブに置き換わったとされる。

日本のカブは、西日本主流のアジア系(var. glabra)と、東日本の山間地に多く耐寒性に優れたヨーロッパ系(var. rapa)に大別されるが、天王寺蕪はアジア系であり、野沢菜はヨーロッパ系の特徴が強い。

現在野沢菜は、カブに由来する別の変種(var. hakabura:葉蕪)と考えられ、伝統野菜の漬け菜(稲扱菜、羽広菜、鳴沢菜、長禅寺菜)や紫蕪(諏訪紅蕪、細島蕪)は、いずれも近縁とみられる。

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