住吉大社


今冬一番の寒気が押し寄せている、大社の神殿をバックに特徴的な冬の空をとらえた。

当日は七五三とあって多くの善男善女が押し寄せていた。

「住吉」の読みは、現在は「スミヨシ」だが、元々は「スミノエ(スミエ)」だった。
例えば奈良時代以前に成立した『万葉集』には「住吉」のほか「住江」「墨江」「清江」「須美乃江」という表記も見える。

ちなみに我が家の校区は「清江小学校」スミノエと読まず「キヨエ」小学校と読む。

大みそかには1年の罪と穢れを落とす「大祓式」が行われる。

1年の罪と穢れを落とす「大祓式」 住吉大社
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冬日さす 住吉公園


今まさに冬真っただ中の感。

冬の日差しは低く差し込みます、冬至の太陽高度(地面からの角度)は約30度、夏至の太陽高度は約77度です。
なにかこれだけで寒々とした景色になります。

木々は色づいて日にかざすときれいです。

大阪最古の公園である住吉公園に昭和8年ラジオ塔が建設されました。

エンタツ・アチャコの漫才や甲子園の中学対抗野球等が流されて、市民の憩いの場になっていたようです。 

しかし60年の風雪に耐えたラジオ塔も損傷激しく、住吉公園開設120年を記念して、平成5年10月24日ラジオ塔を新しく建て替えました。

今は一般の放送は流れていませんが、多くの人が早朝からラジオ体操に参加され愛用されています。

空の雲は冬を代表するかのような特徴ある雲です。

梢にとまったサギ、寒そう。

地上では二羽のサギがじゃれあっています。
ここは本当にサギの多い公園です。

心字池は人工の池ですが、サギなどの鳥たちが羽を休めに来ます。
静かな水面は季節ごとにいろんな風景を写しだしているようです。

公園事務所横からは川の流れのように心字池に水が流れ、川の流れは周りの花や樹木の風景にリズムをつけています。

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冬日の庭

12月7,8日頃は24節季の大雪(たいせつ)。

山の峰は雪に覆われ、寒い地方では根雪になる雪が降り始めます。

鰤(ブリ)などの冬の魚の漁が盛んになり、熊が冬ごもりに入り、ヘビ、カエル、カメ、昆虫など変温動物やコウモリ、ヤマネ、シマリスなどの小型の恒温動物などは冬眠を行い、南天(ナンテン)の実が赤く色付くころとなります。

そして呼応するかのようにこの冬一番の寒気の到来です。

庭のキクも心なしか寒そう。

クレマチスの残り花、なかなか風情があります。

ふと雪の日に歩いた上高地を思う。
明日から閉山というギリギリの上高地に入った・・・・・・
今はもう雪の中で眠りこけているだろう。

吹雪の梓川沿いを河童橋まで
吹雪の中を河童橋まで歩くことにする。 中千丈沢の辺りも雪に埋もれる。 焼岳から穂 … 続きを読む →

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インド中国の仏像たち


ブラフマー神

ブラフマー(梵、ヒンディー語: ब्रह्मा Brahmā)はヒンドゥー教の神の1柱、創造神でありトリムルティ(最高神の3つの様相)の1つに数えられる。

4つの顔を持ち、それぞれの顔は四方を向いているとされる。

現代のヒンドゥー教ではブラフマーは人気のある神格とは言えず、ヴィシュヌやシヴァと比べトリムルティの中での重要性も低い。

ブラフマーは古代の聖典の中では礼賛されているものの、インドでは重要な神として人々の信仰を集めることは稀であった。

そのためインドにあるヒンドゥー寺院でブラフマーを奉るものは少ない。

最も有名なものとしてはラージャスターン、プシュカルのブラフマー寺院 (プシュカル)(英語版)が挙げられる。

ブラフマー寺院はインド国外にも存在し、タイ王国のエーラーワンの祠 などが有名である。

ドゥルガー女神

ドゥルガー(サンスクリット語: दुर्गा, durgā)は、ヒンドゥー教の女神。

その名は「近づき難い者」を意味する。
デーヴァ神族の要請によってアスラ神族と戦った。
シヴァ神の神妃とされ、パールヴァティーと同一視された。

外見は優美で美しいが、実際は恐るべき戦いの女神である。
3つの目を持っており、額の中央に1つの目がある。

10本あるいは18本の腕にそれぞれ神授の武器を持つ。

虎もしくはライオンに乗る姿で描かれる。

また、ドゥルガーは別名をヴィカラーラ(「恐るべき者」の意)といい、仏教では興福寺八部衆や二十八部衆の畢婆迦羅、十二神将の毘羯羅となっている。

また、密教に於いては菩薩(天台宗では如来)とされ、六観音、七観音の一尊である准胝観音となっている。

黒闇天とも同一視される。
また、突伽天女、塞天女とも呼ばれ、玄奘三蔵の伝記『大慈恩寺三蔵法師伝(慈恩伝)』では突伽という表記で登場する。

シヴァ神は、ナタラージャ(Nataraja)とも呼ばれている。

“Nata”は「踊り」、”Raja”は「王」、「踊るシヴァ神」という意味。

胴体からのびる4本の腕。
それぞれのポーズをとる4本の手は、それぞれ象徴的な道具を持っているところを表現しています。

一つ目は、ダマルと呼ばれる砂時計形の胴をもつ両面太鼓を持つ手。
この太鼓で世界創造のリズムを取ると言われています。

そして二つ目の手には、 「再生」「破壊」「現世」を表す先が3つに分かれた「トリシューラ」と呼ばれる鉾を。

三つ目の手には「破壊」と「浄化」を意味する火炎(アグニ)。

そして、最後の手は、「保護・庇護」を象徴した型をとっています。

踊っているかのような両足の動き。
持ち上げている左足は、救いの道の方角を指し、そしてしっかりと地面に踏みつけている足は、悪を破壊することを象徴しています。

ダキーニ女神(空行母)

荼枳尼天の起源であるインドのダーキニーは、裸身で虚空を駆け、人肉を食べる魔女である。

ダーキニーの起源は明らかでないが、ヒンドゥー教もしくはベンガル地方の土着信仰から仏教に導入されたと考えられている。

十一面観自在菩薩

顔の数の由来など、起源の明確な根拠が少ない。
ヒンドゥー教の影響下に7世紀ごろ成立したとされる。

密教系の尊格であるが、雑密の伝来とともに奈良時代から信仰を集め、病気治癒などの現世利益を祈願して十一面観音像が多く祀られた。

観音菩薩の中では聖観音に次いで造像は多く、救済の観点からも千手観音と並んで観世音菩薩の変化身の中では人気が高かった。 関連記事


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伝承では、奈良時代の修験道僧である泰澄は、幼少より十一面観音を念じて苦修練行に励み、霊場として名高い白山を開山、十一面観音を本地とする妙理権現を感得した。

平安時代以降、真言宗・天台宗の両教を修めた宗叡は、この妙理権現を比叡山延暦寺に遷座し、客人権現として山王七社の1つに数えられている。

文殊菩薩、梵名マンジュシュリー(梵: मञ्जुश्री, mañjuśrī、別名:マンジュゴーシャ、मञ्जुघोष、mañjughoṣa)は、大乗仏教の崇拝の対象である菩薩の一尊。
一般に智慧を司る仏とされる。

文殊菩薩が登場するのは初期の大乗経典、特に般若経典である。

ここでは釈迦仏に代って般若の「空(くう)」を説いている。

『華厳経』では善財童子を仏法求道の旅へ誘う重要な役で描かれることなどからもわかるように、文殊菩薩の徳性は悟りへ到る重要な要素、般若=智慧である。

尚、本来悟りへ到るための智慧という側面の延長線上として、一般的な知恵(頭の良さや知識が優れること)の象徴ともなり、これが後に「三人寄れば文殊の智恵」ということわざを生むことになった。

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秋の山 森林植物園


秋の山の魅力はもちろんきらびやかな錦秋だがわき役ともいえる景観がある。

メタセコイヤの日を透かした姿などは特に美しい。

紅葉の葉も然り。

アジサイの花ガラ、紅葉をバックにきれいです。

道端の小さな花にも美しさはある。

ラクウショウ、北アメリカ原産の落葉針葉高木。
アメリカ大陸東南部からメキシコに分布するが、日本にも移植され公園などで見られる。

湿潤地に適し、沼沢地での根元が少し水につかった状態(冠水)で自生することが多い。
このため日本ではヌマスギと呼ばれる。

葉はメタセコイアに似るが、メタセコイアが対生するのに対して、本種は互生するのが鑑別点となる。

湿地に植えると、幹の周りに呼吸のための呼吸根(気根)が出てくる。膝根とよばれる。

この時期ススキはなくてはならない植物、何とも言えない風情を醸す。

十五夜の月見には、ハギ(萩)とともにススキを飾ることが多い。
花札では、八月、すなわち旧暦8月、新暦の感覚で秋に相当する時節に用いられている。

奈良時代初期の歌人・山上憶良が『万葉集』(巻八 1538)にて「萩の花 尾花 葛花 撫子の花 女郎花 また 藤袴 朝顔の花」と詠んだように、古来、秋の七草の一つに数えられている。

また、江戸時代中期の俳人・与謝蕪村は「狐火の 燃えつくばかり 枯尾花」と詠んでいるが、こちらは、夜の野原にて風に揺らめく枯尾花の情景を、怪しく燃え盛るこの世のものならぬ狐火に譬えた俳句だ。

長谷池の周りで逆光に照らされる紅葉を楽しむ。

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森林植物園 錦秋に染まる森散策


1940年に開館、六甲山地は摩耶山の西、再度山の北に位置する総面積142.6haという広大な樹木植物園で、周辺は瀬戸内海国立公園に指定されている。

正門入り口のメタセコイヤ並木。

カツラの紅葉、ハート形の葉っぱがかわいい。

アジサイ園のあたりは紅葉のトンネル。

ケヤキの大木、紅葉がきれいです。

香りの道へ続く小径、紅葉にススキ。

ドウダンツツジのグラデーション。

道端にはサザンカ。

長谷池に向かう、黄と赤のコラボ。

紅葉のトンネルを長谷池へ。

長谷池周辺は紅葉のメインスポット。

長谷池で色づくイロハモミジとラクウショウ。

池を一周します。

森林植物園では日本の代表的な樹木および世界各地の樹木約1200種を各々の原産地の森としてゾーンに分けるなど、自然に近い形での植栽構想に基づき植栽している。

神戸市街よりも一足早く秋が訪れる森林植物園では、10月20日(土)から12月2日(日)まで「森林もみじ散策」が開催される(期間中無休)。

38種3000本の樹木の紅葉は、種類やエリアによって見頃が異なるため、開催期間中は日々移り変わる森の表情を楽しめる。

おすすめスポットは長谷池周辺、あじさい坂、メタセコイア並木、西門付近、芝生ひろば周辺、あじさい園周辺、しゃくなげ園周辺、カモシカ広場周辺ほか園内各所。

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関西学院発祥の地


関西学院は, 1889(明治22)年に 米国メソジスト教会から派遣された宣教師 W. R. ランバスが 神戸市郊外の 原田村(現在の神戸文学館の場所)に 旧制中学「West Japan College = 関西学院」を設立したことに始まる。

第4代の学院長であったカナダ人宣教師 C. J. L. ベーツは、“Mastery for Service”をスクールモットーとし、関学での在職期間は30年以上にも及び、この間に 1929(昭和4)年に 西宮の上ヶ原にキャンパスを移転し、1932(昭和7)年 関西学院大学を設立するなど、関西学院の基礎を作った。

戦後 1948(昭和23)年に新学制により現在の関西学院の組織となった。

神戸文学館は、明治37年(1904)関西学院のチャペルとして建てられた由緒ある建築。

歴史を感じる赤レンガ造りのチャペルの外観をそのまま残して平成5年4月に、尖塔部分も完全に復元し、以来王子市民ギャラリーとして神戸市民に親しまれてきました。

平成5年4月、設計・一粒社ヴォーリズ建築事務所、建築・新井組により、明治37年(1904)建築当時(110年前の外観)に甦った。

戦災で失われたままだったチャペルの尖塔や柱頭の飾りを古い写真を元に再現された。
柱頭の飾りは、アカンサス模様でまた梁の根元にも彫刻が施されています。

このチャペルの特徴は、ハンマービーム・トラスと呼ばれる大きなアーチ型の梁を組んで屋根を支えているところです。

スパン10.6mもあり歴史的にも貴重な建築物です。
外壁は焼夷弾により焼けた傷跡のあるレンガを一部そのまま使っています。

レンガの積み方はイギリス積み(レンガには他にフランス積みアメリカ積み等がある)。
 
瓦も昔の瓦の色に合わせて、数種類の瓦をまぜてわざと古い感じを出しています。
ステンドグラス窓にも大きな特徴があり、色は2種類ですがラムネ色をしています。

また窓ガラスにも特徴があり葡萄曼文様の装飾(エッチング)が施されています。
窓ガラスの開閉取っ手も、飾り石と同じ模様で造られています。

向かいの兵庫県立美術館 原田の森ギャラリーは、兵庫県神戸市灘区原田通にある美術館。

建物は建築家村野藤吾最初の美術館作品である兵庫県立近代美術館として1970年竣工、近代美術館の主要コレクションは2002年4月にHAT神戸に誕生した兵庫県立美術館「芸術の館」に継承された。

現在は「芸術の館」の分館「原田の森ギャラリー」として、美術団体の活動や情報収集、交流の場となっている。

西館として利用されていた建物は、改修されたうえで2012年11月3日より同一の事業主体、管理者による横尾忠則現代美術館となった。

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ハンター旧住宅

1889年頃の建立。1966年6月11日に国の重要文化財に指定されている。
現存する異人館の中では最大級であり、明治時代の最も優れた洋風建築の一つと評価されている。

住宅は移築時に大幅な改造が行われ、開放されていたベランダに当時貴重な窓ガラスが全面に嵌め込まれ、現在の特徴的な外観となった。

その後1963年に北野町から王子動物園に移築され、国の重要文化財として保存処置が講じられている。

北野町には在りし日の名残でハンター坂という地名がある。

住宅は南を正面とする2階建てで、西北隅に3階建ての塔屋が付属する。

この塔屋の1階部分に玄関を設け、そこから東西方向に廊下が延び、廊下の南に3室が東西に並ぶ、片廊下式の間取りである。

阪神・淡路大震災により、れんが造の煙突2本のうち1本が折れ、室内に落下したため、東広縁部が全体に崩壊するなど大きな被害を受けた。

東広縁部を一旦解体し、補修して組み直し、煙突の復旧、内壁の塗りかえ、建具の補修を行った。

1階の3室は書斎、応接室、食堂と名付けられているが、創建当時の各室の用途は不明である。

1階の南側と東側は菱格子を組み込んだガラス戸で囲われたベランダとする。

南側ベランダには2箇所に突出部を設け、突出部の上にはペディメント(切妻破風)を設ける。

1階居室は、ベランダの突出部に対応する位置(2箇所)にベイウィンドー(出窓)が張り出している。
創建時にはベランダは開放で、居室のベイウィンドーが外に面していた。

エドワード・ハズレット・ハンター(Edward-Haslette Hunter)氏は、1843年(弘化3年)英国アイルランド州ロンドンデリー市に生れ、1864年(慶応元年)21才のとき横浜の商社員となり、神戸港が開港されるとすぐに神戸に移り、小野浜にできた造船所に入った。

その後独立してE・H・ハンター商会を設立する一方、大阪安治川□に大阪鉄工所(現在の日立造船)を創設するなどのほか、精機・精米・煉瓦・煙草などの会社をつくり、当時のわが国産業界に大きな貢献をした。

ハンター氏夫人は、大阪の薬種問屋平野氏の娘愛子で、夫をたすけると共に、婦人会・日本済生会・神戸保育院などの公共事業に力を尽くし、賢夫人の誉れが高い方でした。

ハンター氏は1917年75才で永眠し、神戸の再度山修法ヶ原外人墓地に葬られています。

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王子動物園

1928年に諏訪山公園内に開園した諏訪山動物園(1946年閉園)を前身に開園。

1950年に開催された日本貿易産業博覧会(神戸博)の跡地を利用して1951年3月21日に現在地に移転・開園した。

総面積は80,618m2、ジャイアントパンダ・コアラ・アムールトラ・アムールヒョウ・ユキヒョウなどの希少動物をはじめ138種、778点の動物たちが飼育展示されている。

フラミンゴ

フラミンゴ(Flamingo)という名前はラテン語で「炎」を意味するflammaに由来。

和名はベニヅル(紅鶴)だが、ツル(ツル目)とは近縁でなく、標準和名もしくはその一部としては使われない。

パンダは食事中でした。

現在、日本で唯一ジャイアントパンダとコアラを同時に見ることができる動物園である。

1869年3月11日、博物学に長けたフランス人宣教師のアルマン・ダヴィドが、現在の中華人民共和国四川省西部宝興県にて地元の猟師が持っていた白黒模様のパンダの毛皮を欧米人として初めて発見した。

後日、パリの国立自然史博物館に毛皮と骨などを送った。

これがきっかけとなってジャイアントパンダの存在が知られるようになり、毛皮目当てに狩猟ブームになった。20世紀になると絶滅の危機を迎えていた。

探検家のウィリアム・ハークネスが生体をアメリカに連れて帰ろうとしたが、病で死んだ。

その後、妻のルース・ハークネスが、1936年11月にジャイアントパンダの幼獣を見つけて自国に連れ帰った。
その剥製がアメリカ自然史博物館に保管されている。

ホッキョクグマ

和名はホッキョクグマであるが、俗にシロクマと呼ばれることも多い。

日本初のホッキョクグマは、1902年(明治35年)の恩賜上野動物園。
この時、上野動物園では、新潟県で捕獲されたアルビノの白いツキノワグマを飼育しており、それを「シロクマ」と呼んでいた。

そのため、北極の白いクマのほうには「ホッキョクグマ」という和名を付けたことが名の由来である。

ボブキャット

ボブキャットはオオヤマネコが進化したものと考えられており、その先祖は更新世の時代にベーリング海峡からアメリカに渡り、260万年前頃に住み着いたのではないかとされている。

最初の頃は現在のアメリカ南部に土着したが、北からの氷河により多くが亡くなったとされる。

現在のようなボブキャットに進化したのは2万年前頃と言われている。

二つ目の波はアジアから北部へ移住したもので、それが今日のカナダオオヤマネコとなった。
ボブキャットとカナダオオヤマネコの雑種は発生することもある。

シベリアオオヤマネコ

オオヤマネコ(Lynx lynx)は、哺乳綱食肉目ネコ科オオヤマネコ属に分類される食肉類。
ヨーロッパおよびシベリアの森林に棲息する中型のネコ類である。学名 。別名シベリアオオヤマネコ。

プレリードッグ

雄1匹に対し、雌数匹という一夫多妻制で、コテリーと呼ばれる家族を形成する。

なわばり意識が強く、他のコテリーの雄が進入してきた場合、互いにお尻の臭腺から臭いを出し威嚇し合う。

なわばり争いでは敵対する雄を生き埋めにすることもある。
稀に、埋められた穴の反対側から生還する個体もいる。

また、口と口でキスをしたり、抱き合ったりすることで挨拶を交す。

マヌルネコ

夜行性で、昼間は岩の割れ目、岩穴、マーモットなどの掘った穴などに潜み、夜になると活動を始めるが、時々昼間にも活動する。

主に単独で行動し、繁殖期を除けば他の個体と出会うことすら稀である。

脚はあまり速くないので主に待ち伏せ、尾行による狩りを行う。
その際身を隠すのに背の低い植物や岩の多い地形を使う。

カバ

頭部は大型、顔の側面に鼻・眼・耳介が一直線に並んで位置する。
これにより水中から周囲の様子をうかがいながら呼吸することができる。

鼻孔は内側の筋肉が発達して自由に開閉することができ、水中での浸水を防ぐことができる。

2015年(平成27年)動物園周辺に設置しているマンホールの蓋が新しいアニマルデザインのマンホール蓋にリニューアルした。

ジャイアントパンダとコアラ、集団で見られる鮮やかな色のフラミンゴ、ゾウ、キリン、トラやチンパンジーの全部で7種類の動物をイラスト化しています。

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風の教会


兵庫県神戸市の六甲山の頂き近くに立てられた教会堂、通称・風の教会。

大阪府茨木市の光の教会、北海道の水の教会と合わせて、安藤忠雄氏の「教会三部作」のひとつに数えられている。

教会堂は宗教施設ではなく、旧六甲オリエンタルホテルの付属施設として建設された結婚式場となっているが、2007年のホテル閉鎖後は通常使用されることなく硬く扉を閉ざしている。

教会三部作…どっと安藤忠雄ファン「風の教会」3年ぶり一般公開 9月まで六甲ミーツ・アート会場で公開されている。

躯体に直方体の塔が載り柱廊は、すりガラスの半透過の空間が特徴的。

コ\ネードは礼拝堂入口付近で敷地の傾斜に合わせ段差を設けている。

光を透過するコロネードを通り鉄の扉を開けると、スリット窓から差し込むわずかな光しか届かない教会堂のエントランスが現れる。

安藤氏の建築の代名詞ともいえる「コンクリート打ち放し」で建設した礼拝堂。

宗教施設ではない結婚式場としての依頼とはいえ、安藤氏自身は中世ロマネスクの教会堂建築がもった神聖な空間をつくり出すことを目的とし、装飾的要素を最小限にとどめ粗削りな石材で作り上げられたフランスのセナンク修道院などを参照して設計にあたった。





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