紅葉の壺坂寺に遊ぶ 


盛りを過ぎたとはいえまだまだ紅葉が楽しめる壺坂寺、参道山道で。

駐車場から見上げれば朝日に照らされた紅葉が。

朝の光は神々しい。

今日は空の表情もいい。

赤い頭巾がかわいい。

掌にかわいい仏像が。

頭が清々しい。

釈迦の足元から。

ズームダウン回転。

多重露光。

レンズベビー、写軸とピント合わせが難しいが慣れるしかない。

レンズベビー。

レンズベビー。

レンズベビー+多重露光。

多重露光。

センターフォーカス。

しっかり遊べる場所だ、愉しく遊んでいるうちに陽は西へ、流れる雲がきれいだった。

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

壺坂寺へのアクセス、行き方歩き方

奈良県高市郡高取町壷阪3
電話 0744-52-2016

近鉄壺阪山駅から壷阪寺前行きバス「壷阪寺前」下車すぐ、便数が少ないので注意。

習作2

絶景紅葉でなくとも紅葉が楽しめる作画技法、目下悪戦苦闘中。

ぶらし

ぶらし

多重露光

ぶらし

ぶらし

ぶらし

塩ビミラー

水晶玉

多重露光

多重露光

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

大覚寺の嵯峨菊展2016


毎年大覚寺の境内にて11月1日~11月30日の1ヶ月間開催され、大覚寺で栽培されている門外不出の嵯峨菊、約800鉢が公開される。

嵯峨菊は江戸期に品種改良が進んだ古典菊の一種で日本三大名菊の一つ。見頃は11月中旬。

この嵯峨菊は大沢池、菊が島に咲いていた菊がルーツとされ、門外不出として長年にわたり境内で大切に植えられてきました。

いけばな嵯峨御流とも密接な関係があり、その育て方は実に様々な流儀があります。

色は、御所の雪(白)・御所の秋(黄)・御所の綿(朱)など単色が多いのが特徴。

大覚寺では、王朝風の七五三作りで仕立てます。

花は、先端が三輪・中程に五輪・下手に七輪です。

葉は、下部を黄色・中程を緑色・上を淡緑、そのようにして、春夏秋冬を表している。

それを、一鉢に三本。
高さは、殿上から観賞するのに良い長さの約2mで展示。

実はこの高さ、御殿の上から見てちょうど見やすい位置に花が来る高さなのです。
嵯峨天皇も御殿の上から嵯峨菊を眺めたのでしょうか。なんと贅沢な話。

五大堂のテラスから大沢の池の背景とともに楽しむ、納得。

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

大覚寺へのアクセス、行き方歩き方

京都府京都市右京区嵯峨大沢町4
075-871-0071

市バス・京都バス「大覚寺」下車 徒歩すぐ

大覚寺 「真紅の水鏡」2016年度

本堂および大沢池周辺の広大なエリアを、幻想的で柔らかな光で照らし出す。
見頃を迎えた紅葉と光の競演は、大覚寺ならではの風雅を演出したもの。

ライトアップは中や入れ替え制、夜間の部開場1時間前には既に100人以上の待ち行列、人気のほどがうかがえる。

境内にある大沢池の周囲は、桜、もみじと、およそ650本もの樹を組み合わせており、桜の季節、紅葉の季節はもっとも美しい場所です。

ライトに照らし出された木々が美しい。

圧巻は放生池の水面に映し出される心経宝塔。

天神島辺りにかけての木々の映り込み。

この先は名古曽の滝跡。

大沢池の周辺散策の後は諸堂を巡る。

画像は勅封心経殿、大正14年、法隆寺の夢殿を模して再建。

殿内には嵯峨天皇をはじめ、後光厳、後花園、後奈良、正親町、光格天皇の勅封心経を奉安し、薬師如来像が奉伺されている。

ライトに浮かび上がる霊明殿。

勅使門前の白砂の上に浮かび上がる嵯峨菊のあでやかさは圧巻の光景、別途掲載します。

闇に浮かび上がるナンテン。

この辺りは紅葉も美しい。

1200年の歴史を誇る大覚寺の諸堂を巡り、悠久の時間を過ごす。

諸堂を一巡、見事な紅葉のライトアップを堪能。

五大堂前から退出、名残に一枚。

最後の最後まで楽しませてくれました。

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

大覚寺へのアクセス、行き方歩き方

京都府京都市右京区嵯峨大沢町4
075-871-0071

市バス・京都バス「大覚寺」下車 徒歩すぐ

紅葉と竹 嵯峨野の直指庵

1646年(正保3)に隠元禅師の高弟独照性円禅師が草庵を結んだのが始まり。

直指人心(じきしにんしん)の黄檗の正統を守り寺号をつけず直指庵とした。

「直指庵」という名前、「直指人心(じきしにんしん)見性成仏(けんしょうじょうぶつ)」という禅の言葉が由来となっています。

「直ちにあなたの心を指してごらんなさい。そこには仏性、つまり仏さまになる種(性)があるんですよ」という意味です。

人は何か不都合や困難な事に直面したとき、他人や社会のせいにすることがあります。

しかし、そんなときにこそ「人や社会のせいにしてはいけない」と反省する、その気持ちこそが仏性です。

手を合わせて拝み、そして、自分自身と向き合う時間をもつことで、仏性は磨かれていくのだそうです。

山門を入ると竹林の道が続く。

その後荒廃し、幕末に近衛家の老女津崎村岡局が浄土宗の寺として再興したのが現在の直指庵である。

再興時の建物は明治年間に消失し、現在の建物は1899年(明治32年)に再建されたものである。
画像は本堂。

窓近き竹の林は朝夕に
心をみがく種とこそなれ
    津崎村岡局

本堂から眺める庭は素晴らしい。

竹や木々の葉擦れの音、鳥の鳴き声が聞こえ、自然に包まれながら本堂から庭を眺めていると、時間の経つのも忘れて、心が静まり癒されることでしょう。(HPより)

づっと昔に流行ったヒット曲を思い出した。

作詞 伊藤アキラ 作曲 小林亜星 姉妹フォークデュオの「タンポポ」の唄、嵯峨野さやさや

京都嵯峨野の直指庵 旅のノートに恋の文字
どれも私によく似てる
嵯峨野 笹の葉さやさやと
嵯峨野 笹の葉さやさやと

雨の落柿舎たんぼ道 藪の茶店で書く手紙
きのう別れたあの人に
京都嵯峨野の笹が鳴る
京都嵯峨野の笹が鳴る

朝の祗王寺苔の道 心がわりをした人を
責める涙がぬらすのか
嵯峨野 笹の葉さやさやと
嵯峨野 笹の葉さやさやと

京都嵯峨野に吹く風は 愛の言葉を笹舟に
のせて心にしみとおる
嵯峨野 笹の葉さやさやと
嵯峨野 笹の葉さやさやと 
さやさやと

爽やかな歌声とハーモニーが印象的でした。

一部書籍やWebサイト等で「(女性の)駆け込み寺」「想い出草は女性の想いを綴ったもの」と紹介されているが、直指庵の公式サイトではこのような事実はなく誤りとしている。

もちろん男性の拝観や「想い出草」への書き込みも可能である。

小さなお庭「竹の庭」。
いろいろな種類の竹が並ぶ最後に狸が3体。

境内には石畳の小径が縦横に続く。

静かな竹林の小道を進み、境内に入ったところにあるのが、“愛逢い地蔵”さま。

仲良く寄り添いあうふたりのお地蔵さまの姿が、ほほえましく、優しいお顔立ちに心がなごみます。
縁結びや恋愛成就のお地蔵さま。

訪れた旅人の成長を優しく見守って下さる“想い出草”の観音さま。

開山堂のある山の上から本堂を見望む、紅葉と竹林の中に茅葺の本堂。

ここはとにかく紅葉と竹が特徴。

山を少し下り、振り向くと開山堂の屋根が紅葉と竹林に埋もれて見える。

開山堂を下り、順路を行くと、修練道場。

石畳の小径を辿る。

旅人を癒し続ける竹林と紅葉

阿弥陀堂の庭園、苔と白砂の枯山水庭園です。
ただ今秋の特別公開中。

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

直指庵へのアクセス、行き方歩き方

直指庵公式サイト

京都市右京区北嵯峨北ノ段町三番地
電話 075-871-1880

市バス 京都バス 大覚寺バス停から徒歩約15分

回遊式枯山水庭園の紅葉は見事 宝筐院

平安時代に白河天皇の勅願寺として建立され、当初善入寺と称していたが南北朝時代に夢窓疎石の高弟黙庵が復興し、室町幕府二代将軍、足利義詮によって一時観林寺と改名されたが義詮の没後、その院号、宝筐院に因んで現在の寺名に改められた。

石畳と紅葉のトンネルで散策が始まる。

午後の日差しを受けて境内は秋色一色。

思いのほか奥行きのある境内に、楓(かえで)の木々が続き格別の美しさ。

本堂からの紅葉も見どころのひとつ。

静かに紅葉を楽しみたいという方にはオススメの穴場。

丁度盛りの紅葉を静かに楽しむ。

嵐山もここまで来ればゆったりしている。

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

宝筐院へのアクセス、行き方歩き方

宝筐院公式サイト

京都市右京区嵯峨釈迦堂門前南中院町9-1
電話 075-861-0610

JR嵯峨嵐山駅より徒歩15分。
市バスまたは京都バス大覚寺行 嵯峨釈迦堂前より徒歩3分。

今年も厭離庵


昨年はは特別公開日の最終日に訪れた、さすがに散り葉も大半は枯れていました。
今年は紅葉の一番いい頃合いを見計らって訪れた、見事な紅葉が残っています。

午後の木漏れ日を受けて落ち葉の絨毯が輝く。

ぐるりと境内を一周して見る、見事な落ち葉の絨毯。

厭離とは汚れているこの世をいとい、離れること。
その元となるところは仏教用語である厭離穢土(おんりえど、えんりえど)にあるのではないか。

松平元康(後の徳川家康)は、桶狭間の戦いで今川義元討死の後、菩提寺である三河国大樹寺へと逃げ隠れた。

前途を悲観した元康は松平家の墓前で自害を試みるが、その時13代住職の登誉が「厭離穢土欣求浄土」と説き、切腹を思いとどまらせたと言われる。

皆の目は落ち葉の絨毯に釘づけだが見事な紅葉を見逃さないよう。

去り際に入り口の様子を撮っておこうと思ったが、人の往来が多くシャッターチャンスがなかなかない。
それでも銀座や心斎橋の歩行者天国かと見まがう嵐山においては静かで穴場なのだ。

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

厭離庵へのアクセス、行き方歩き方

京都市右京区嵯峨二尊院門前善光寺山町2
075-861-2508

JR「京都駅」からJR嵯峨野線に乗換えJR「嵐山駅」下車 徒歩15分
京福電車嵐山本線 「嵐山駅」下車 徒歩15分ほど

黒牛潟今は塗り物の街

和歌山県海南市黒江の周囲は美しい入江で、多数の岩が波に見え隠れしていました。
その黒く大きな岩が黒い牛のように見えた為、当時はこの周囲は黒牛潟と呼ばれていました。

その後、長い年月とともに海は干上がり「黒牛」を名の由来とする現在の「黒江」の街となり、戦国時代から塗り物の街として栄える事になります。

奈良時代より「黒牛潟」と呼ばれ風光明媚な地であったという「黒江」この黒江の地は万葉集に多く読まれています。

09-1672 黒牛潟 潮干の浦を 紅の 玉裳裾引き 行くは誰が妻 作者不詳

“紅の玉裳裾引き行く”のは采女であったろうと思われ、天皇行幸の捧げ歌であってみれば、この女性は天皇の后あるいは想い人のひとりであったのは間違いないと考えられます。

色の対比が鮮やかでなかなかしゃれています。

歌碑の隣には海南の万葉歌九首も紹介されています。

07-1218 黒牛の海 紅にほふ ももしきの 大宮人し 漁(あさり)すらしも 藤原房前

黒牛の海の海岸に、紅の色が照り映えている。とりどりに着飾った大宮人達が貝拾いをしているらしい。

09-1798 いにしへに 妹と我が見し ぬばたまの 黒牛潟を見れば 寂しも 柿本人麻呂

貝拾いに戯れる大宮人の色とりどりの衣装は、漆黒の海をバックに照り映えて、殊更美しく見えたに違いありません。

黒江の町並みといえば、のこぎりの歯のようになった家の並び方が象徴的です。

これは江戸時代に黒江の入り江を埋め立てた宅地が平行四辺形だったことから、このような並びになったといわれています。

遥か昔の室町時代から盛んに漆器が作られるようになりました。
漆器と黒江の町並みが融合し、落ち着いた大人の町の雰囲気が漂っています。

「紀州漆器」は、日本の漆器四大産地(他、会津漆器、越前漆器、山中漆器)のひとつとして、400年以上の歴史がある地域です。

温故伝承館を覗いてみます、生活文化としての酒づくりの姿と心を伝えるため、各種の清酒製造器具・道具類等を展示しています。

昔の酒蔵を利用した資料館に江戸時代からの酒作りの方法と道具や商いの記録が展示されている。

製造過程で使われていた樽。

ひとつの酒づくりのシーズンの米の蒸し作業の終わりを迎えると、造りも一段落します。
このとき、 甑を横に倒し洗うことから「甑倒し」といい、蔵ではお祝いをします。


昔は輸送機関として馬車は欠かせないものでした。
酒の原料米などを運んできました

昔の酒の小売店は、通い徳利で計り売りが中心でした。
陶器製の樽は居酒屋等でも用いられたそうです。

2階には甕なども展示されている、当時のポスター、粋なお姐さんがモデル。

今でも威勢の良い唄声が聞こえてきそうだ。

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

黒江へのアクセス、行き方歩き方

和歌山県海南市黒江846番地
073-482-1115 温故伝承館

・JR「黒江駅」から、南へ約900m、徒歩約12分
・JR「海南駅」から、北へ約1.4km、徒歩約20分又はタクシーで約4分

地中海の港町ポルトヨーロッパ散策


中世、地中海の港町をモチーフにした街並みは歩くだけでもワクワク。

カナリア諸島にあるスペインのお城「カスティーヨ・デル・マール」



噴水。

イタリアの街並み。





関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!

和歌山マリーナシティへのアクセス、行き方歩き方

和歌山マリーナシティ公式サイト

和歌山県和歌山市毛見1527
0570-064-358 (和歌山マリーナシティインフォメーション)

JR海南駅からマリーナシティ行バスに乗り15分 マリーナシティ下車すぐ、JR和歌山駅または南海電鉄和歌山市駅からマリーナシティ行バスに乗り30分 マリーナシティ下車すぐ、阪和道海南ICから国道42号経由で車で10分

洛北路散策 再び円通寺

前回訪問時、後10日もすればもっと素晴らしい景観が見られるはずと聞いていたので再び円通寺を訪れた。

今回は叡山鉄道京都精華大前から歩きます、とほ約15分の距離です。

今日は今にも降り出しそうな怪しい空模様、庭園はどのような姿を見せてくれるか。

前回は晴れ空で紅葉は鮮やかに見えていましたが、庭には濃い影が出来てその部分は今一でした。

今日は柔らかい光に包まれて庭もきれいに見えています。

四季、天候、光の差し具合によって比叡山の表情庭の表情は変化します。
同じ景色は2度と見られないと言われています。

また借景を眺めている人の心の変化によっても景色は違って見えるそうです

今日も一葉少なめです、5人くらいの人がウットリと庭を眺めています。

前回と大きく変わっているのは庭の向かって右側の紅葉が見事に色づいています。

正面からのアップです、曇り空でよく光が回りこんで紅葉の色具合もきれいです。

前回と同じルートで上賀茂神社を目指す、太田神社は人っ子一人いなく、静かな佇まいです。

明神川の社家の庭に残り柿一つ。

上賀茂神社も静かな佇まいを見せる。

細殿と呼ばれる殿舎の前に一対の白い砂山がある立砂は、上賀茂神社の北2キロ先にある神様が最初に降臨されたといわれる神山をかたどったものといわれています。

神社の案内板には以下の説明がある。

立砂(たてずな) 盛砂(もりずな)とも云い、「たつ」とは神様のご出現に由来した言葉であり神代の昔ご祭神が最初に降臨された本殿の後2kmにある円錐形の美しい形の神山(こうやま)に因んだもので一種の神籬(ひもろぎ)即ち神様が降りられる憑代(よりしろ:依代)である。
 
鬼門・裏鬼門にお砂を撒き清めるのは此の立砂の信仰が起源で「清めのお砂」の始まりである。

ここで立砂の頂部を良く見ると、松葉が差し込まれていることがわかる。

これについて上賀茂神社ホームページ(HP1)に次のような説明がある。

「(ここに二つ並んでいる「立砂」は、陰陽思想の影響から細殿に向かって左が陽で、右が陰となっております。)
上には松葉が立っています。

向かって左が雄松、右が雌松といわれ、左が3本(陽数)の松葉、右が2本(陰数)の松葉になっております。

葉が2本の松はどこにでもある松。

3本の松は二の鳥居を入った左の玉垣沿いに一本あります。
この松はたいへん珍しい松で何処にでもある松ではありません。・・・」

静かに暮れゆく洛北路、家路を急ぐ。

関連記事


≪バスツアー/テーマのある旅特集≫クラブツーリズムお勧めツアーこちら!