幻の古代豪族・依羅吾彦の地を訪ねる


正式には『吾彦山大聖観音寺』と呼ばれる日本最古の観世音菩薩のお寺です。

大阪市住吉区にある日本最古の観音菩薩の寺院。
観音宗総本山。
通称あびこ観音。

石柱の表記は吾彦大悲観世音となっている。

西門付近の石柱は吾彦観音寺の表記となっている。

地域にある施設等の名称は、しばしば「あびこ」とひらがな書きされる。

ただし大阪市高速電気軌道あびこ駅については、旅客案内の上ではひらがなの「あびこ」表記だが、正式名称は漢字の「我孫子」である。

我孫子の地名、および一帯の旧地名・依羅(よさみ)は、古代にこの地に居住していた豪族、依羅吾彦(よさみのあびこ)に由来するといわれる。

異説としては、依羅は「寄網(よせあみ)」、吾彦は「網曳子(あみひこ)」が変化したものだともいわれ、一帯は古代には大阪湾に面した環境で、人々は当時漁業や狩猟の生活をおこなっていたことがうかがわれる。

南門から見たクスの大樹。

幹周/4. 8m、樹高/19. 5m、樹齢/約700年。

百済と交易をしていた依網吾彦の一族が百済の聖明王から一寸八分の観音像を贈られ、欽明天皇7年(546年)にこの地の人々がその像を祀る堂を立てた。

そして、推古天皇14年(607年)に聖徳太子がその観音像を祀る観音寺を建立したとされる。

1615年の大阪夏の陣の折、真田幸村に追われた徳川家康公がこの寺に逃げ込み、本堂の須弥壇に隠れて難を逃れたという話があります。

その後、家康公の寄進により再建され、江戸時代には徳川家の帰依もあり最盛期を迎え、境内に36の支院があったといわれます。

1881年(明治14年)、火災に遭い、多くの寺宝と共に焼失したが、1890年(明治23年)に再建し、復興を果たした。

1947年(昭和22年)5月18日、真言宗山階派より独立し、観音宗を設立した。

1月・2月に行われる護摩祈祷がよく知られている。

修験道形式の天蓋護摩(てんがいごま)で、奉書などで作られた紙製の天蓋を護摩炉の上に吊す。
天蓋は護摩炉の炎が近くに至っても燃えないという。

節分祭 あびこ観音
通称あびこ観音。 山門付近の石柱は吾彦観音寺の表記となっている。 あびこの名は、 … 続きを読む →

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