女人高野へ


橋本で「天空」に乗り換え。

「戦国BASARA×南海電鉄 夏の陣 ~真田ゆかりの地へいざ出陣~」と題して、こうや花鉄道「天空」車両に連結している自由席車両に、『戦国BASARA 真田幸村伝』の登場武将をラッピングして運行!

ワンビュー座席、4人掛けコンパートメント座席の特別仕様車両。

3枚続きのワイドな車窓から、紀の川、不動谷川や険しい山間の風景を一望。

急勾配・急曲線の山間を縫って走る先頭からの眺めを楽しめる先頭展望席からの眺め。

橋本駅 – 極楽橋駅間は山岳路線であり、特に高野下駅以南は50‰の勾配や、制限速度33km/h、半径100m以下の急カーブが続く登山鉄道となっているため、この区間に乗り入れる列車にはズームカーと呼ばれる17m級の中型車両が専用車両として使用されている。

終点極楽橋駅に近づきました、これが駅名の由来になった極楽橋です。

この橋は不動坂という高野山への参道に通じています。
現在の橋は1954年に架け替えられたものだそうです。

江戸・明治時代は不動橋と呼ばれていました。

京都・大阪方面から高野山への参詣道は、高野七口の1つ「高野街道京大阪道」と呼ばれ、江戸時代の末には町石道に代わって利用されました。

紀ノ川を越えてからは学文路(かむろ)から極楽橋を通り、高野山の女人堂に至る10kmの道です。

極楽橋から女人堂までの2.5kmの坂道は「不動坂」と呼ばれ、大正時代に改修されています。
「いろは坂」と呼ばれる難所を通る旧不動坂ルートが、最近調査・復元されています。

ここからケーブルカーに乗り換え、足元を流れる不動谷川の渓流、アジサイが見頃です。

2両連結の車両(コ11・21形)が最大568.2‰(29°21′)の勾配を往復している。

上り下りのすれ違い地点。

まず女人堂を訪れる、高野山の北西の入り口にある不動口にいまだのこる女人堂は、一千年余りの間女人禁制であった高野山の七つの入り口にそれぞれ建っていた女人堂の唯一の残存建造物である。

むかし、女性はここから山内に入る事が許されなかった。

目の前は高野山北西の入り口。

高野山は町全体が総本山金剛峰寺の境内です。
この門より中はお寺の境内となります。

女性は1872年(明治5年)まで、この門より中に入る事ができなかったため、門の外でも参拝ができるよう女人堂ができました。

昔、こういった高野山の入り口は七箇所あり七箇所全てに女人堂がありました。
当時の女性が高野山の外から参拝をする為の道でもあり、七つの女人堂をむすぶ道を女人道と呼ばれています。

「女人堂」のお向かいに「お竹地蔵尊」があります。

案内・・・
お竹地蔵の由来
この地蔵尊は安政年間江戸の大地震で亡くなられた人々のため、又自分の父母の菩提のために自分の身を仏様に捧げて30年の年期奉公し身を粉にして働き蓄えたお金で建てられたお地蔵様です。

建立された人は横山竹さんと申される女性で江戸(もと飯田町)のかたです。

女人堂前のお竹地蔵さんと崇められ、今なお多くの参拝者で線香の煙が絶えることがありません。
お願い事は縁談、進学、子授、水子供養等をお聴き届け下さいます。

小杉明神社

その昔、越後の国に本陣宿紀(ほんじんやどき)の国屋があり、そこに小杉という娘さんがおりました。

数奇な人生を送られましたが、お大師様に救われ、尼僧になられて、女人禁制の高野山に登って来られる女人の方々のために不動坂上に最初の女人堂を開かれ、やさしい接待をされておりました。

その小杉さんが、女人堂の鎮守小杉明神としてお祀りされている祠です。

現在の女人堂は現存するものだけですが女人道は現在もあります。
女人道を歩く女人堂跡巡りなどのイベントもあり、高野山を別の角度から見ることができるオススメ観光スポットです。

女人堂の前にある”お竹地蔵”の右に登山道がある。
コンクリートの急坂を登りきると、木の根が露出した昇りに変わる。

登山道はよく整備されており危険なところも、息を切らす急登もなく約20分で弁天岳(984m)に着く。

頂上には3等三角点があり、近くに嶽弁財天社と避難小屋がある。
降りは大門へのルートをとる。

幾つもの赤い鳥居を潜り ながらなだらかな坂道を辿れば約15分で大門に到着する。

高野山の入口にそびえ、一山の総門である大門。

開創当時は現在の地より少し下った九十九折(つづらおり)谷に鳥居を建て、それを総門としていたそうです。

山火事や落雷等で焼失し、現在の建物は1705年に再建されました。

五間三戸(さんこ)の二階二層門で、高さは25.1メートルあります。

正面には「日々の影向(ようごう)を闕(かか)さずして、処々の遺跡を檢知す」という聯(れん)が掲げられています。
この聯は、「お大師さまは毎日御廟から姿を現され、所々を巡ってはわたしたちをお救いくださっている」という意味であり、同行二人信仰を表しています。

また、大門の横手には弁天岳登山口があり、山頂には弘法大師が勧請された嶽弁才天(だけのべんざいてん)がまつられています。

左右には金剛力士像(仁王さま)が安置されています。
この仁王像は東大寺南大門の仁王像に次ぐ我が国二番目の巨像と云われ、江戸中期に活躍した大仏師である運長と康意の作です。

今を盛りとアジサイが咲き誇っています、大門の赤の建物とよくマッチしています。

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