織田信長の初めての城 小牧山城

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1562年2月18日(永禄5年1月15日)には徳川家康と清須城においていわゆる清洲同盟を結び、完全に東側の脅威がなくなった。

ここにおいて、信長は全力で美濃を攻める体制をつくるために、本拠地ごと北方へ前進する策を採った。

この新しい本拠地に選ばれたのが、広大な濃尾平野の中に孤峰を保つ小牧山であった。

小牧市役所の脇に大手道があり、ここから頂上を目指す。

曲輪跡(桜の馬場)

従来小牧山城は、4年間しか使用されなかったため、美濃攻略のための土塁による仮住まいの城と考えられていたが、2004年からの試掘調査で城の主郭の四方を石垣で囲んだ本格的な城であることが判明し、当初信長は長期滞在も考えていた可能性が指摘されている。

ご覧の通り、石垣の上に土をかぶせ、一見土塁による築城のように見える。

現在盛んに発掘調査が進められてい。

頂上付近や大手道の調査では石垣が見つかり、従来考えられてきた土の城のイメージではなく、石の城であったことが判明している。
近主郭跡付近くには巨石の露頭も見らける。

天守から飛行場を望む、ちょうど航空機が飛び立つところ。

広大な濃尾平野の中の孤峰、小牧山からは四方の見晴がきく、東を見やれば雪を頂いた恵那山が。

北には御岳山も見えている。

信長の居館跡があったとみられる場所、現在発掘が進んでいる。

小牧山の模型、我々は画像上方の大手道から登頂し、現在は左手の平たい部分、信長の居館跡に立つ。
また、大手道からは城下町が広がっていたことが確認されている。

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小牧山城へのアクセス、行き方歩き方

小牧市堀の内一丁目地内

名鉄小牧線小牧駅よりバスで小牧市役所前下車。
または小牧駅から徒歩20分。
山頂まで徒歩15分。

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