真夏の朝 金沢の街を早朝散策

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昨日は川北の花火観賞を終え深夜金沢の宿に入りました。
泊りはホテルルートイン金沢駅前、昨夜遅かったので今日の出発はゆっくりです。

早速朝食後散策に出かける。

六枚町は、ホテルからすぐ、北国街道から宮越往還(現在の金石街道)に至る道の中間に位置し、現在のJR金沢駅に近い、藩政初期からある町人町でした。
元禄9年(1696年)の記録では、武家奉公人や着物、魚、小間物(現在の雑貨屋)を扱う商人が多く住んでいました。

今もその風情を残す町並みです。

専光寺は金沢市本町にある真宗大谷派の寺院。
通称吉藤専光寺。

明治期までは中本山的寺院であった。
覚如の弟子志念を開基(1320)とする有力寺院である。

専光寺は加賀を一向一揆が支配した時には、3大坊主(若松本泉寺、波佐谷松岡寺、山田光教寺)の下で、4大寺の1つとして一揆を指導した。

藩政期には東本願寺に属し、教如の娘を迎えたのを始め宗主と姻戚関係を結び、寺格を上げた。

境内に千代尼の埋骨処があります。

千代尼の実家の福増屋は専光寺の門徒だった。
1775年の千代尼の没後遺骨を納めている。

月も見て 我はこの世を かしく哉

加賀の千代女は元禄16年(1703)、加賀国松任町(現在白山市)の表具師、福増屋六兵衛の娘として生まれました。
幼いころから俳諧に親しみ、湊町本吉などの開明な俳人達に学んでいたと伝えられています。

代表句「朝顔に釣瓶とられてもらひ水」は広く知られ、その心は通じて今も多くの人々に親しまれています。

大阪の新町北公園に千代尼の句碑があります。
関連記事:夕霧太夫の面影をもとめて新町を歩く

旧白銀町(しろがねちょう)は藩政初期は安江村であった。
町地が広がったため安江木町となり、その一角に白銀細工師がいたため町名になったという。

西福寺は真宗大谷派の寺院です。
鐘楼もあります。
もともとは平安時代に奈良県に創建された真言宗の寺院で、その後金沢に移転したそうです。

武蔵ヶ辻の由来は諸説あり、加賀藩政時代に町人の武蔵庄兵衛が住んでいた、矢師の武蔵が住んでいた、武士の中川武蔵守の屋敷があった、なとどされるが、いずれも有力説ではない。

どの説でも人名に由来しており、これが通称として現在でも使用されている

また、辻は道路を表し、金沢城下の三叉路を形成していた。
この三叉路は、香林坊・宮腰(現在の金石)・橋場町へ通じており、古くから交通の要所でもある。

地子町の一つ
ちなみに地子とは近世の都市において町屋敷地にかかる農村の年貢に相当する。
金沢では賦課地域(地子町)と免除地域(本町)が分離していた。

向こう側は近江町市場、始まりは1721年。
以来、約290年、金沢の食文化を支える「市民の台所」として親しまれています。

神社口から市場を覗いてみました。

市場の入り口にある「山さん寿司本店」、近江町市場の中にある老舗のすし店で、この場所で長期営業を誇る。
おすすめは18種類のネタが豪快にのった海鮮丼。

丼がネタに隠れて見えないほどのボリュームだ。
朝7時半から営業しているのもユニーク。

時間は7時半、早くもバックパッカーは街を歩いています、ジョギングの人もいます。

このまっすぐな通りは金澤表参道(横安江町商店街)。
横安江町商店街は、およそ300年ほど昔、浄土真宗金沢別院の門前町として、古着屋などが軒を並べて商売をしたのが始まりだといわれています。

現在では、別院の門前町らしく仏壇店、法衣店なども多く、結納品店や古書店、古美術店のような「通」を唸らせる店、寝具や傘、鞄、靴、衣料品など、安心してお買い物ができる専門店が揃っています。

通りの街灯に「江渡時代から商店街やっています」の文字。

通りの終点は本願寺金沢西別院、浄土真宗本願寺派の寺院です。
京都の西本願寺の別院です。

かつて一向一揆の拠点でもありました。
本願寺金沢西別院で一番古い建造物である現在の本堂は江戸時代に建立されました。

照円寺は浄土真宗本願寺派の寺院です。
前田家との縁が強い寺院で腹痛の薬を作っていたこともあるそうです。

入口の門の両端に龍の彫り物が印象的です。
鐘楼の彫刻もりっぱです。

金沢駅のもてなしドームから延びるアーケード。
幾何学模様を受け継いだデザインです。

雪の多い北国では屋根のある通りは貴重な存在です。

雨や雪の多い金沢で、「駅を降りた人に傘を差し出す、もてなしの心」を表現したドーム。
3,019枚ものガラスを使用し、金沢の玄関口に、明るく、雨にもぬれない広場を作り出しています。

金沢駅 鼓門、金沢の伝統芸能である加賀宝生の鼓をイメージした2脚の柱に、緩やかな曲面を描く屋根をかけたもの。

石川県立音楽堂は金沢駅東口に位置する公設のコンサートホールで、オーケストラ・アンサンブル金沢の本拠地となっている。

堂の前の「終わりなきコンチェルト」と題した像、/村井良樹(2001)

フルートとチェロの組み合わせのように見えますが,一体どういう曲を演奏しているのでしょうか?実演では見たことのない組み合わせです。

前田家の梅鉢の紋章からとった梅の花の形の中に、「下水」の文字、
マーク入りの歩道タイル模様。
下水管マンホールの蓋。

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