琵琶湖にたたずむ湖城 長浜城

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1573年(天正元年)に羽柴秀吉(豊臣秀吉)が浅井長政攻めの功で織田信長から浅井氏の旧領を拝領した際に当時今浜(いまはま)と呼ばれていたこの地を信長の名から一字拝領し長浜に改名した。
小谷城で使われていた資材や、あらかじめ、竹生島に密かに隠されていた材木などを見つけ出し、それらを使用し築城を開始した。

昨夜は小浜のお水送りの見学で遅くなり、ホテル到着は午後11時30分だった。
温泉につかりそのままバタンキュ、目覚めるとヨットハーバーの水面を朝日が紅く染めていた。

ヨットハーバーと向こうは昨夜の宿。

朝7時過ぎから豊公園を散策、画像は「洋」と題する碑。

長浜城石垣出土地
従来、この附近の水面下には、長浜城石垣の用石と伝えられる巨石が散在していた。
昭和44年7月、この地に湖岸埋め立て工事が進められることになった。

同年11月下旬から約1ヶ月間、水底の発掘調査をしたところ、石垣の根石と認められる30数個の巨石が、延長約30メートルにわたり整然と列をなしていることがわかった。
よって、ここに標石を設けて長浜城遺構の一端をしのび、郷土史研究の参考に供するものである。(現地説明板)

長浜城と「おかね」さん
長浜城の天守閣跡といわれるこの地に、築城に際して人柱となった「おかね」さんの話が伝えられています。
天正2年(1574)ごろ、長浜城が築かれることになりました。

強固な城を築くための人柱として、長浜一の美女と評判の「おかね」さんが選ばれました。
若くして聡明であった彼女は、けなげにも湖北地域一円の繁栄を願い、自らの命を捧げたというものです。

「おかね」さんが眠るのは、この辺りといわれ、かつてこの北側にあった堀は、その縁もあり「おかね堀」と呼ばれていました。(現地説明板)
各地に人柱伝説はありますが、なんでみな美人なのかなあ。

この碑が建つ位置は、長浜城の天守閣があったといわれる所です。
その天守台の大きさは、江戸時代の絵図によれば、東西12間×南北10間とあります。
長浜城は、天正2年(1574)から翌年にかけて、羽柴(豊臣)秀吉公が築いた城です。
その後、山内一豊など4人の城主が入りましたが、元和元年(1615)には廃城となっています。

このように、長浜城の歴史は約40年に過ぎず、江戸時代の大半は城がなかったので、その構造は現状から推定することはできません。
古絵図などを基にした長浜城の復元によれば、2重の外堀と内堀に囲まれた水城で、南北約1.2キロ・南西約0.7キロの大きさであったと考えられます。
そばには太閤さんの銅像。

旧長浜領境界碑
長浜は、秀吉によって特別に町屋敷の年貢米三百石を納めることを免ぜられた。
この特権は徳川幕府にも認められ、他地域とくぎるための石碑が、江戸時代のはじめ長浜町のまわりに三十数本建てられたといわれる。

しかし今は、わずかに十余本を数えるだけで、そのうちもとの位置にあるものは数本である。
この境界碑は、秀吉のもうけた長浜の年貢免除の範囲を知る上で貴重な資料といえる。
なおこの境界碑は「これより東 長浜領・これより南・長浜領」と記され、もとは長浜町の西北隅に建っていたと思われる。

長浜城石垣根石
復興天守入口近くに、上の画像の境界碑とともに展示されている。

長浜城の撮影ポイント
背の高い建物に囲まれているため写真の撮る位置が限られている。
天守閣の周辺からか「長浜ロイヤルホテル」の最上階のレストランから琵琶湖と一緒にどうか。

ちなみに長浜城の天守閣は北向き。
琵琶湖の方から撮影するには朝から晩までいい光に恵まれる。
逆に言うと、天守閣の入口側からだと常に逆光になる。
また、太閤井戸の石碑も同様で早朝が適している。

内堀跡に復元された本丸橋
この地一帯は、秀吉築城時に内堀があった場所。
明治42年(1909)より城跡が豊公園として整備された時に架橋され、本丸橋として親しまれてきた。

雪吊りの姿もこの時期の風物。
城は湖水に石垣を浸し、城内の水門から直に船の出入りができるようになっていた。
賤ヶ岳の戦い後は、山内一豊が6年間在城し、内藤信成・信正が城主になるが1615年(元和元年)に廃城になり資材の大半は彦根城の築城に流用された。

彦根城の天秤櫓は、長浜城から移したものと伝えられている。
その他、長浜市内にある大通寺の台所門は長浜城の大手門を移したものと伝えられ、今でも矢尻の跡を見ることができる。

同市内にある知善院の表門は、長浜城の搦手門を移したものと伝えられている。
現在の天守は1983年に犬山城や伏見城をモデルにし模擬復元されたもので市立長浜城歴史博物館として運営されている。

お散歩中のネコちゃんに出会った、声をかけたが無視されてしまった。

太閤井戸跡
琵琶湖の水量が多い時期は水面下に沈み、碑だけが見える。
かつては城内にあった井戸で、城郭が現在よりも琵琶湖に張り出していたことがわかる。

公園より北を望む、鴨が一列に並び休憩している。

長浜港の岸壁、この船は竹生島行きの船かな。

部屋の窓から伊吹山がよく見える、さあ、今日もスケジュールいっぱいだぞ。

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住所:滋賀県長浜市公園町10-10(豊公園)

JR琵琶湖線「長浜駅」下車 徒歩 5 分