4月7日撮影。
古くは山間の谷であったが、逢坂関が廃れ、新道を開いてから商家が並び始め、上・中・下の三町に分立したという(輿地志略)。
天正二〇年(一五九二)一〇月、豊臣秀吉が逢坂山近くに一里塚を築いた際、「大谷町」から人夫を出している(園城寺旧記)。
逢坂の関は近世に道が掘り下げられた事などから、関のあった場所は現在では定かでない。
しかし、滋賀県大津市逢坂二丁目の長安寺付近にあった関寺と逢坂関を関連付ける記述が『更級日記』や『石山寺縁起絵巻』に見られる事などから、同寺の付近にあったと見られる。
関寺の牛塔
白洲 正子のエッセイ 『かくれ里』を読み訪れた。
蝉丸神社(せみまるじんじゃ)は、滋賀県大津市にある神社である。
近くの関蝉丸神社と併せて蝉丸神社と総称される場合もある。
大津絵
東海道、逢坂関の西側に位置する近江国追分(髭茶屋追分)を発祥の地とする。
寛永年間(1624- 1644年)のころに仏画として描かれ始めた。
松尾芭蕉の俳句「大津絵の筆のはじめは何佛」には、仏画が多かった初期の大津絵の特徴が表れている。また、江戸時代初期のキリシタン弾圧に際して「自分は仏教徒である」という隠れ蓑的役割も有していたと言われる。
百人一首(第十首)「これやこの 行くも帰るも別れては 知るも知らぬも 逢坂の関
蝉丸は「盲目の琵琶の名手」とされている。
「これやこの~」の歌には「ゆきかふ人を見て」という詞書きがあるが、盲目の蝉丸がどうやって「ゆきかふ人を見」たのか定かでない。
実際に目が見えなかったのではなく、世間に対して心を閉ざしていたのを比喩的に表現したものだという説もある。
蝉丸は『今昔物語集』では「敦美と申しける式部卿の宮の雑色」、『和歌色葉』では「仁明の御時の盲目の道心者」、『平家物語』巻十「海道下り」では醍醐天皇の第四皇子とされている。
逢坂の関の周辺には蝉丸を奉った神社(関蝉丸神社、蝉丸神社)があることから、関の守神であることは推定されるが、謎の多い人物である。
夜をこめて 鳥の空音は はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ 清少納言
まだ夜が明けないうちに、孟嘗君の故事のように鶏の鳴きまねをして関守を騙して門を開けさせようとしても、ムダですよ。
私と貴方の間にある逢坂の関はけっして開きませんからね。
函谷関の関守は騙せたとしても、私はそうはいきませんよ。
ずっとガードが固いですわよ。
日本一のうなぎ「かねよ」は創業明治5年、京阪電車京津線大谷駅で下車、東海道旧道を逢坂関所跡へ向かって約50米。
桜、さつき、楓に包まれ吃の又平で名高い又平谷の清水が淙々と流れる八百坪の優雅な庭園を有する天下の幽邃境。
金糸たまごでもなくう巻きでもないので、ひらがなで「きんし丼」。
たまごを3個使用しただし巻きはボリュームたっぷりではじめての人はちょっとびっくりするかもしれません。
2016年に最初に訪問、以後何度となく訪れる。
優雅な庭園を眺めながら堪能 日本一のうなぎ 「かねよ」
アクセス
公共交通機関
・JR山科駅で京阪・京津線に乗り換え、京阪・京津線「大谷駅」下車すぐ
・JR「大津駅」下車、タクシーで約10分
(8名以上は送迎可)
これから三井寺に向かう。
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