幽霊屋敷 河原院跡

京都府

源氏物語「夕顔の巻」は圧巻である。
源氏は五条辺りに住む夕顔と恋におち、「某の院」に誘い一夜を共にする。
しかし、深夜六条の生霊が夕顔を取り殺す。

事件現場の「某の院」は、源氏のモデルとなった左大臣源融の邸だという(融の実像は式部が描くような女好きではないが)。
この邸は融の死後、帝に献上されるが、彼の幽霊や鬼が出る有名な「物の怪屋敷」となったらしい。
下京区木屋町下がるの老木の根元に「此付近源融河原院跡」の標柱がある。

実際の河原院は贅をこらした広大な邸で、東本願寺の渉成園(枳殻邸 きこくてい)から五条通より少しきたあたりにかけてあったらしい。
庭内に、奥州塩釜のの景色を模した庭園を造り、海水を運んで塩焼きの煙をたなびかせたという。
その広さは甲子園球場の1.8倍の大きさがあった。

融はこの邸を深く愛した。
その執着心がやがて融の魂をさまよわせることになった。
彼がなくなった後、人の手を経て、宇多上皇がここにお住まいになられた時があった。
「今昔物語」には、融の幽霊が宇多院の前に現れる話が見える。

ある夜中、融の霊が出てきて「院が移り住まわれたので住みにくくなって困っている」と苦情を述べたので、宇多院が「この邸宅はお前の子孫から譲り受けたもので、それを知らないで文句を申すな」と叱りつけたら、その後融の幽霊はでなくなったという。

別の説話ではこの話はもっと気色悪くなっていて、融の幽霊は宇多院と同衾する夫人の肉体を求め、拒絶されると院の腰にうやうやしく抱きついたという。
融の幽霊の出没の噂のせいであろうか、ほどなくしてこの邸宅は住む者がなくなってしまったらしい。

「今昔物語」には、東国から来た夫婦が、荒れ果てた河原院を借りて宿にしたところ、その妻が鬼に殺される話が載っている。
馬をつなぎに行ったすきに、妻が家の中に何者かに引き込まれた後、すべての戸が内から固く閉ざされる。

必死に開けようとするが開かない。
やむなく斧で叩き壊して家の中に入ったところ、夫がそこに見出したのは、地を吸い尽くされて棹に引っかけられていた妻の死体であった。

秋、鬼でも出そうな荒れ果てた帝室御料の別荘に夕顔を伴うと、木立ちはものふり、風の音凄く、ふくろうがほうほうと鳴いている。
夕顔は怖がってぴったりと寄り添ってくるのがかわいい。
源氏は多勢の侍女に取り囲まれた北の方や六条の貴婦人のもとでは味わったことのない二人きりの秘密の時を過ごした。

夜半、源氏の夢に一人の美女が現れた。
女はくどくどと恨み言を言ったあげく、傍らに寝ている夕顔に掴みかかった。
源氏はたいそう胸苦しく、うなされて目覚めると、やっぱり枕元にぼうと先ほどの女が・・・・。
そしてふっと消え失せた。
夕顔をゆり起こしたが、彼女は間もなくすっかりこと切れて、冷たくなってゆくのだった。
源氏物語「夕顔」の巻

夕顔の花の如く、短い逢瀬、儚い生涯であった。
夕顔のお墓が下京区堺町高辻下ルの「夕顔町」の民家の敷地内にある。
立派な京町屋の前に「源氏物語伝説五條邊夕顔之墳」という石碑が建つ。
近くには「朝顔の巻」に登場する朝顔(六条の怨念を恐れて源氏の求愛を拒み続けた女性)のお墓もある。

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河原院跡へのアクセス、行き方歩き方

京都市下京区木屋町通五条下ル東側都市町

市バス 河原町五条・五条高倉あたり
京阪電車 五条駅 徒歩約5分