タイトルは勇ましいのだが・・・・
期待して臨んだ撮影行も当日は何とインデアンサマー、海はべたなぎでありました。
奇岩や海食洞が点在する越前松島。
放射状の柱状節理も見事。
材木を積み上げたような奇怪な形をしていることから、材木岩と呼ばれている。
出来るだけ冬の日本海らしさを見せようとするのだがスローシャッターよりも高速シャッターで撮るべきだな。
消波ブロックに打ち付ける波がわずかに冬の日本海らしさを見せる。
飛島の辺りも結構波が騒いでいるがまだまだ迫力に欠ける。
越前松島では、一周15分ほどの奇岩めぐりの遊歩道も整備されている。
この越前松島は、越前加賀海岸国定公園を形成する東尋坊、雄島と続く三国北部の海岸線の一部で、火山性の玄武岩質安山岩からなる柱状節理が発達した景勝地。
東尋坊屏風岩。
海食によって海岸の岩肌が削られ、高さ約25メートルの岩壁が続く。
この岩は輝石安山岩の柱状節理でこれほどの規模を持つものは世界有数であり、地質上極めて貴重とされ、国の天然記念物及び名勝に指定されている。
ジャイアンツ・コーズウェー(イギリス・北アイルランド) – 世界遺産、玄武岩の柱節理、フィンガルの洞窟(イギリス・スコットランドスタファ島)、デビルズ・タワー(アメリカ合衆国・ワイオミング州)などと並ぶ規模だ。
三段岩・・・東尋坊が突き落とされた岩という。
今日はウィークデーで観光客もまばらでネコちゃんものんびりお散歩。
呼鳥門(こちょうもん)もやはり波は静かです。
大きな岩が海になだれ込むようにせり出し、風と波の侵食で岩に穴がぽっかり開いた洞穴。
長い年月をかけてくりぬかれた自然の大トンネル・呼鳥門は越前海岸を代表する景勝地です。
以前は下を国道が通っていたが、現在では遊歩道が整備され、間近に見ることができます。
光芒を放ちながら陽が沈みます、今回の撮影行は色々と考えさせられる旅でした。
東尋坊伝説
由来や伝承は複数あるが、雄島の大湊神社では以下のような由来を紹介している。
昔、平泉寺には数千人僧侶がいた。
その中にいた東尋坊という僧は、怪力を頼りに、民に対して悪事の限りをつくした。
東尋坊が暴れ出すと手がつけられず、誰も彼を押さえることが出来なかった。
東尋坊はまさにやりたい放題、好き勝手に悪行を重ねていたので、当然のように平泉寺の僧侶は困り果てていた。
また東尋坊はとある美しい姫君に心を奪われ、恋敵である真柄覚念(まがらかくねん)という僧と激しくいがみ合った。
そんな寿永元年(1182年)4月5日、平泉寺の僧たちは皆で相談し東尋坊を海辺見物に誘い出す。
一同が高い岩壁から海を見下ろせるその場所へ着くと、早速岩の上に腰掛けて酒盛りが始まった。
その日は天気も良く眺めの良い景色も手伝ってか、皆次第に酒がすすみその内、東尋坊も酒に酔って横になり、うとうとと眠り始めた。
東尋坊のその様子をうかがうと一同は目配せをし、真柄覚念に合図を送った。
この一同に加わっていた真柄覚念は、ここぞとばかりに東尋坊を絶壁の上から海へ突き落とした。
平泉寺の僧侶たちのこの観光の本当の目的は、その悪事に手を焼いた東尋坊を酔わせて、高い岩壁から海に突き落とすことにあった。
崖から突き落とされつつ、ようやくそのことに気付いた東尋坊であったが、もはや手遅れ。
近くにいた者どもを道連れにしつつ、東尋坊はまたたくまに崖の下へと落ちて行った。
東尋坊が波間に沈むやいなや、それまで太陽の輝いていた空は、たちまち黒い雲が渦を巻きつつ起こり青い空を黒く染め、にわかに豪雨と雷が大地を打ち、大地は激しく震え、東尋坊の怨念がついには自分を殺した真柄覚念をもその絶壁の底へと吸い込んでいった。
以来、毎年東尋坊が落とされた4月5日の前後には烈しい風が吹き、海水が濁り、荒波が立ち、雷雨は西に起こり東を尋ねて平泉寺に向ったという。
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