住吉大社お田植え神事2013

大阪府

社伝によれば、千七百六十余年の昔、神功皇后が大社を御鎮祭の後、長門国から植女を召して御供田を植えさせられたに始まるという。
植女は、旧社領の堺乳守に落ちついて代々奉仕した。

植女は、後に乳守の遊女になったので、昔は、御田植の際には、遊女たちも実際には田にも入ったが、何時の頃からか替植女に苗を渡すに留まり、代りに田に入るのは、実際の農家の婦人等となった。

植女や稚児など、行事に関わる人は、お祓いを受け、まず第一本宮で神事の奉告祭を行います。

明治維新の際、御田が中絶した時、新町廓が御供田を奉納した縁により、明治維新以来、植女は新町廓の芸妓が奉仕するようになりました。大阪花街連盟の審査に選ばれたものがこれにあたり、当日の粉黛式・戴盃式を行って、神事に奉仕する資格を得ます。

神前で早苗を賜ったところ。

花笠で顔を隠されておりますが、みなさんとってもおきれいで、また早苗色の衣装が、早苗の精霊のごとく、目に鮮やかです。

花笠に付いているのは「綿の花」の造花。
雷よけ、魔よけのお守りです。

長門の国司から綿を奉った故事にちなんで、この御田植神事では。いたるところに草綿の造花を見ることが出来ます。
この草綿の造花をいただくと「雷よけ」「魔よけ」になるといわれています。

鎧兜をまとった武者による風流武者行事

武者行事保存会の青年が奉仕する甲冑武者・雑兵を統率する総大将です。
黒い高下駄を履き、本殿祭の儀、御田式場の儀で薙刀・軍扇を使った、威厳のある武者行事を奉納します。

甲冑武者・雑兵
武者行事保存会の青年で、甲冑武者は中学生、雑兵は小学生の少年が奉仕します。
御田式場の儀において、赤白、源平にわかれ、六尺棒をつかった棒打合戦を行います。

御田の周囲を列をくんで行うのですが、後列にいくほど、低学年の少年兵になります。
高学年の兵士に遅れをとらないように必死になってついていくその様子はかわいらしく、御田植神事のみどころのひとつかもしれません。

大田主
奉耕者の長として、御神前よりいただいた御神水を神田に持参し、御田の中央に建てられた舞台より、四方に注ぎます。

昭和46年11月11日に、国の無形文化財に選定され、更に昭和54年2月3日に国の重要無形民族文化財に選定されました。
行列を整えて御田へ向かいます。

第一本殿から御田への行列の先導をする。
行列は、「奴(やっこ)等、風流武者、伶人、宮司以下神職、八乙女、稚児、植女、御稔女、替植女、奉耕者、住吉踊」の順に続きます。

「ひぃ さぁ いぃ(お久しぶりです) 」「ひゃ たまえ  (ひゃーめでたい) 」「ひゅう とぉー (お国入り) 」の掛け声が境内・御神田に響き渡ります。

伶人
歌方2人、笛方2人、鼓方1人の5人。

菖蒲の花飾りを頭の上につけた巫女姿をしており、行列も田舞も見事なまでにそろい、動きの美と、神聖さを感じさせてくれます。

新町花街の提灯に稚児、植女、御稔女、替植女が続く。

稚児は植女に随伴する少女で、植女と同じく8人。
新町廓において、大阪花街連盟の審査に選ばれたものがこれにあたり、当日の粉黛式・戴盃式を行って、神事に奉仕する資格を得ます。
伝統的な神事にあって、こどもらしいしぐさに笑みがこぼれます。

植女の人数は、八乙女と同じく8人。
かつては、自らも御田にはいって田植えをしていたようですが、今は、神前よりいただいた早苗を御田中央の舞台で、替植女に渡す役割をしている。

御稔女(みとしめ)は大阪花街連盟により、品性容貌技芸等について厳正なる審査をうけ、新町廓で一番の踊り手が、これにあたるそうです。

花笠で顔を隠されておりますが、みなさんとってもおきれいです。
見えないからよけいに美しく見えるのかも。

神殿へ向かう行列。

菖蒲の花飾りを頭の上につけた姿がりりしい。

御稔女(みとしめ)は布をかぶっていて顔が見えない、やっと見えました。
想像通りきれいな方でした。

神事を行う田圃は約600坪の広さで行列は田圃を一周して所定の位置につきます。

中央の舞台で修祓(神田の祓い清め)が行われる。

続いて、大田主が御神水を御田の四方に注ぎ清める。

植女と替植女が中央の舞台に進み早苗の授受が行なわれます。

替植女は御田中央において、植女より早苗を受け、実際に御田におりて植えつけをする女性総勢30名。
数人の男性奉耕者と共に、手際良く御田に早苗を植えつけていきます。

華やかな舞踊奉納のしたで行われる地道な作業ですが、実際に土にさわって、田を植える彼女たちこそ、基本です。

神楽女8名による八乙女の田舞 (たまい)
住吉大社の神楽女八人で、御田植神事特有の昔から伝わる田舞を、御田の中央に建てられた舞台上、風流花傘を囲むようにして舞います。

中央舞台で舞楽等が行われる中、田植えが進みます。

八乙女の舞う田舞は、住吉大社の伝わる巫女のひとつで、奈良・平安時代の古い手振りをみることができる貴重な文化財です。

また、住吉大社に代々唄い継がれてきたこの田舞の歌ですが、本歌の後半は偶然にも、平安時代中期に清少納言によって残された「枕草子」に記載されており、その伝承の深さを知るとともに、今日まで絶えることなく唄い継がれてきたことに伝統の深さも感じるものです。

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住吉大社へのアクセス、行き方歩き方

・南海鉄道
 東海本線「住吉大社駅」から徒歩3分
 南海高野線「住吉東駅」から徒歩5分
・阪堺電気軌道
 阪境線「住吉鳥居前駅」から徒歩すぐ
(路面電車)阪堺線「住吉公園駅」から徒歩2分