魏志倭人伝「一支国」の世界が蘇る 一支国博物館

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中国の歴史書『魏志倭人伝』に「一支国(いきこく)」と記された壱岐。

古代日本を物語る貴重な資料が島内から多数出土しているが、これらを一堂に展示しているのが一支国博物館。

世界的建築家、故黒川紀章氏がデザインを手掛けており、周囲の山並みに沿って曲線を描く天然芝の屋根が印象的。

国指定特別史跡「原の辻遺跡」を望む丘の上に建ち、常設展示室では東アジア(中国・朝鮮半島)と日本の歴史を比較することで、グローバルな視点から壱岐の通史を紹介している。

屋根の起伏は弥生の原風景としてかつてあったであろう地形の復元を目指し、屋上は緑化されています。

「梅屋トクさん」は、辛亥革命の指導者「孫文」を、かたい約束に従って生涯支援し続けた長崎出身の「梅屋庄吉」の奥さんで、壱岐・勝本の出身。

「梅屋庄吉」を通じて「孫文」と辛亥革命を支えた陰の功労者でもあります

一支国博物館の入り口にあった『壱岐の鬼凧』=壱岐に出没する鬼を朝廷から派遣された武将が退治し首をはねてやつけたがその首が兜にかみついたという故事が由来の凧。

1階は長崎県埋蔵文化財センター。

博物館の1階部分に併設されている。

長崎県全体の考古学研究の拠点として整備されたもので、壱岐島内に原の辻遺跡等の歴史遺産がとりわけ多いことから、全国でも初となる離島への設置となった。

模擬発掘等の体験型学習により考古学についてやさしく学べることを目的とした「キッズこうこがく研究所」や発掘品の整理作業をガラス越しで見学できる観察路、これも全国の同種施設では初となるオープンタイプの「見せる」収蔵庫等があり、研究拠点のみならず考古学への関心を高めることを目的としている。

展示は2階のフロアから。

古代船に乗り込み、バーチャル航海を体験。

海辺での漁業(鯨も上がっている)や古代船からの人や荷物の積降が表現されたジオラマ。

同上のジオラマを下横の覗き窓から見たところ。 海中での漁の様子です。 巧く表現されています。

「人面石」は2000年から1700年前の弥生時代後期に、祭祀で使われていたとされている国内で唯一の人面を模った石製品で、2001年に県教育委員会の調査で原の辻遺跡から発掘された。

ジオラマではその人面石を持つ巫女が表現されている。

弥生時代の「一支国・原の辻」を表した巨大ジオラマと160体のミニチュア人形は、当時の生活の様子が活き活きと再現されており、子どもにも大人にもわかりやすい。

このジオラマの特色の一つ、すべての人形に実在の人物のモデルがあること。

この画像の主は朝青龍。

こちらは中村獅童さんです。

竿の先にとまったトンボ、芸が細かい。

こちらは何を表現しているのでしょう。

女性の係の人が教えてくれました。
「頑張っている所です」

そうか、公衆トイレなどない時代だもの、こういうことも仕方のないことだね。

巫女にひざまずく人々。

展望塔よりの眺望、内海湾が綺麗です。

この辺り一面が 原の辻遺跡。

壱岐特有の村の風景が見えています。

村には家が密集する集村と、広範囲に散らばる散村の2種類があります。

壱岐島では「浦」と呼ばれる漁村が集村を、「触」と呼ばれる農村が散村を形成します。
農家の数は島全体で5000戸といわれますが、見事なまでにすべてが散村。伝統的な集村はひとつもありません。

壱岐の触では南東向きの丘陵斜面を整地し、そこに家を建てました。
家の背後には北西の季節風を防ぐための山がそびえます。これを背戸山(せどんやま)といいます。

家の前に畑を設けます。前畑、菜畑(なぶたけ)などと呼ばれます。

背戸山と前畑に挟まれた宅地に、主屋、隠居屋、家畜小屋、便所などを配置します。壱岐の農家は分棟型です。

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一支国博物館へのアクセス、行き方歩き方

長崎県壱岐市芦辺町深江鶴亀触(つるきふれ)515番地1
TEL:0920-45-2731

郷ノ浦港・芦辺港から車で20分
印通寺港・壱岐空港から車で10分
最寄のバス停一支国博物館(施設に直結)