京の冬の旅 非公開文化財特別公開 智積院

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京都市観光協会主催「京の冬の旅 非公開文化財特別公開」として、通常拝観では非公開となっている宸殿 堂本印象襖絵 他が公開されています。

長谷川等伯筆「楓図」(国宝)や、その息子・久蔵(きゅうぞう)の筆による「桜図」(国宝)は、かつて豊臣秀吉の子・鶴松を供養するため建立された祥雲寺を飾っていたもので、桃山美術を代表する絢爛豪華な金碧障壁画として名高い。

特別公開の宸殿(しんでん)は賓客を迎える建物で、京都画壇の巨匠・堂本印象が金地に豊かな色彩で描いた「婦女喫茶図」「松桜柳の図」などの襖絵で飾られている。

そのほか所蔵の絵画など寺宝も特別展示される。

特別展示品は撮影不可のため掲載しておりません。

智積院(ちしゃくいん)は、京都市東山区にある真言宗智山派総本山の寺院。
山号を五百佛山(いおぶさん)、寺号を根来寺(ねごろじ)という。

智積院の歴史は複雑で、紀州にあった大伝法院と、豊臣秀吉が、3歳で死去した愛児鶴松のために建てた祥雲寺という2つの寺が関係している。

智積院は、もともと紀州根来山(ねごろさん、現在の和歌山県岩出市)大伝法院(根来寺)の塔頭であった。

大伝法院は真言宗の僧覚鑁が大治5年(1130年)、高野山に創建した寺院だが、教義上の対立から覚鑁は高野山を去り、保延6年(1140年)、大伝法院を根来山に移して新義真言宗を打ち立てた。

近世に入って、根来山大伝法院は豊臣秀吉と対立し、天正13年(1585年)の根来攻めで、全山炎上した。

祥雲寺は、豊臣秀吉が、3歳で死去した愛児鶴松(棄丸)の菩提のため、天正19年(1591年)、妙心寺の僧・南化玄興を開山に招いて建立した寺であった。

現在、智積院の所蔵で国宝に指定されている長谷川等伯一派の障壁画は、この祥雲寺の客殿を飾っていたものであった。

大書院東側の名勝庭園は、桃山時代に造られた庭園で、中国の廬山を形どって作られた利休好みの庭として有名です。

現在、池は工事中で水がありません、工事は5年ほどかかるそうだ。

説明を聞く参拝者。

正面右側より奥は、智積院がまだ祥雲禅寺時代だった時のもので、桃山時代の特色ある刈込みを主体としている。

外の門が閉ざされているので、ここから出入りするのは、お寺の関係者だけなのだろう…
智積院の寺紋は桔梗。

桔梗紋の由来は、祥雲禅寺(しょううんぜんじ・智積院の前身)を豊臣秀吉に命じられて建立した加藤清正の家紋から。

立派なお寺が作られたことを喜び、良い仕事をした加藤清正の家紋がそのまま寺紋として採用された。

講堂の五色幕

五色幕(ごしきまく) 仏教の寺院の壁などに掛けられている5つの色の幕のこと。
配色には差異があるようですが、一例として緑・赤・黄・白・青がある。

仏教の寺院であることを表し、釈迦如来の説いた教えを広く宣べて流布させることを表している。

寺院の落慶時の法要などや、花まつりなどの年間の大祭で寺院の壁面や堂内の入り口にこの五色幕が掛けられる。(智積院ではいつも掛っているようです)

仏教では万物を構成するとされるのが「地・水・火・風・空」の五つの要素で「五大」といわれる。

地 ・・・ 大地・地球を意味し、固い物、動きや変化に対して抵抗する性質。
水 ・・・ 流体、無定形の物、流動的な性質、変化に対して適応する性質。
火 ・・・ 力強さ、情熱、何かをするための動機づけ、欲求などを表す。
風 ・・・ 成長、拡大、自由を表す。
空 ・・・ 天空(そら)のことであり、また、仏教の思想の空のことでもある。

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智積院へのアクセス、行き方歩き方

智積院公式サイト

住所:京都市東山区東大路通り七条下る東瓦町964番地
電話:075-541-5361

京都市営バス「東山七条」(急行100・202・206・207・208系統)下車、徒歩3分
京阪電気鉄道 七条駅 徒歩7分