モーツアルトを取り巻く人々

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モーツアルト

1791年、ついに「魔笛」が完成した。
この作品はヴォルフガング自身の指揮で初上演されて以来、プラハ、フランクフルト、ベルリンと連続して大成功を収めた。

ヴォルフガング夫妻は決して裕福ではありませんが、ウィーンが彼らを飢え死にさせたというのはひどいデマです。

例えば「ドン・ジョバンニ」の作曲には、1.000グルテンが支払われましたが、これは一般病院医長の年給より少し多い額でした。

レオポルト・モーツァルト(父)

レオポルト・モーツァルトの最大の業績は、息子であるヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの才能を発見し、芽生えさせ、当時考えうる世界最高の音楽教育を与え、歴史上比類のない作曲家として開花させたことである。

マリア・モーツアルト(母)

1756年1月、ザルッブルグの宮廷音楽家、モーツアルト夫妻に男の赤ん坊が誕生しました。
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。

彼の人生は決して長くはありませんでしたが、この世を不滅の音楽のとばりでおおうにには十分な長さとなるのです。

まだ、よちよち歩きを始めたばかりのヴォルフガングを父は膝に乗せ、その指をピアノの鍵盤に導きました。

すると、幼子はあっという間に小品を覚え、ミスもなく弾きこなして見せたのです。

コンスタンツェ(妻)

恋する25歳の男は、新しい恋人のコンスタンツェ・ウェーバーをどう見ていたのでしょう。

「彼女は醜くはないが、美しいわけでもない。
でも、彼女は世界で一番良い心の持ち主だ。

僕は彼女を愛し、彼女も僕を心から愛している。」
コンスタンツェは結婚した時点では18歳になったばかりでした。

彼女は少し軽率でうわついた点もありましたかが、その分柔軟性に富んでいたのでヴォルフガングとの呑気な生活スタイルには、まったくふさわしかったようです。

ナンネル(姉)

ある日、父レオポルトから来た手紙を読んだナンネルは、大変驚きました。
「この日の演奏会で、お前の弟は素晴らしいコンツェルトを演奏した。

そして、彼が舞台を去る時、皇帝陛下が帽子を手に取り、「ブラヴォー;モーツアルト」とお叫びになったのだ。」

モーツアルト一家。

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