ありがとう赤川鉄橋

昭和4年から85年間、地域住民から長らく愛されてきた「赤川仮橋」が10月31日24時に閉鎖すると大阪市建設局から発表された。
おおさか東線(北梅田 – 放出間)の開業により、廃止されるものたが青春時代の思い出も多く、お別れに行ってきた。

淀川水管橋が見えてきた、赤川鉄橋はもうすぐだ。

鉄橋の正式名称は「淀川橋梁」。
長さ約600メートル。

昭和4年、当時の国鉄片町線貨物支線が吹田駅(吹田市)まで延伸・開通した際に架けられた。
本橋は複線の幅を持つが、現在に至るまで下流側の単線で運行している。

余った上流側のスペースは大阪市が借り受けて市道扱いとしており、歩行者の専用橋として木造の赤川仮橋(あかがわかりばし)が架かり、地域住民の生活道路となっている。

2018年(平成30年)予定のおおさか東線(北梅田 – 放出間)の開業により、本橋を含む城東貨物線は複線電化され、地域住民から長らく愛されてきた、一つの橋に鉄道橋と人道橋の二面を併せ持つ珍しい風景もなくなる。

赤川仮橋の閉鎖を告げる大阪市建設局のカンバン。

かつて計画されていた代替の人道橋の架設予定は大阪市の財政難などにより中止され、閉鎖後は上流約930mの地点にある菅原城北大橋に迂回する必要がある。

このあたりはワンドで有名。
昭和4 6 年(1971)に淀川では絶滅したと思われていたイタセンパラを市岡高校の生物部がワンドで発見したのもこの辺り。
3年後に天然記念物指定された。

ワンドで釣りを楽しむのどかな姿が見受けられます。

閉鎖が正式に発表されてから訪れる人が増加している。
一日数本しか走らない貨物列車を待つカメラマンが多かった。

仮橋のカンバンは撤去されたと聞いていたが、北側にビニールで保護されてかかっていた。
廃止を惜しむ人たちのささやかな抵抗か。

帰路、北側から振り返り、お別れを言った。

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