万葉の旅 大和三山を訪ねる 耳成山

耳成山は死火山。万葉集では、「耳梨山」と書かれていた。

風変わりな名前ですが、山の形からすると「耳無し」で、山裾のない、真ん丸い山ということになる。

まず、大山祇神と高皇産霊神の二柱を祭神として祀る耳成山口神社が登山口となる。。

低い山なのでほどなく山頂、広場は雑木林に囲まれて周囲の展望は全くきかない。

耳成山は天然の山ではなく、古代に造営された上円下方墳との説がある。

大和三山が二等辺三角形をなし、かつその事実が古くより知られていた事、古事記や日本書紀において古い時代の記述が無く、ようやく日本書紀において允恭天皇の時代以降に記述が見られる事が根拠として提示される。

その規模の大きさから全くのゼロから造営された古墳でなく、既存の天然山を改造したという説もあり、火山と見られるのに噴火口が無い事から、噴火口を埋めるなどの造成をした(その際に大和三山の山頂が二等辺三角形をなすように調整された)とも考えられている(もちろん、火山岩が侵食された侵食地形というのが通説である)。

山頂を示す三角点の近くに、一つの碑が建っている。
明治41年11月11日に行われた大演習を明治天皇がこの地で統監したことを記した碑。

その碑の近くの木に、畝傍山の標高139.7mを記した小さなプレートが結びつけてある。

登山道からの眺望、見えているのは畝傍山。

香具山(かぐやま)は 畝傍(うねび)ををしと 耳梨(みみなし)と 相(あひ)あらそひき 神世(かみよ)より かくにあるらし 古昔(いにしへ)も 然(しか)にあれこそ うつせみも 嬬(つま)を あらそふらしき

巻一(十三)

香具山は 畝傍山を妻にしようとして 耳梨山と争ったそうだよ 神代からそうであったらしいよ 昔からそうだったから いまでも畝傍山を妻にしようと 耳梨山と争ってるんだってさ

ちなみにこの歌、解釈によっては香具山と耳梨山が女で、男の畝傍山の妻になろうと争っているとも取れるようだ。

他にも香具山が女で新しく現れた男の畝傍山に惚れてしまったので、恋人の耳梨山と争いになってしまったとかいう解釈もある。

ただ、通説では香具山と耳梨山が男で、女の畝傍山を妻にしようと争ったことになっている。

古池の畔に建つ万葉歌碑。

耳無の池し恨めし吾妹子が来つつ潜(かづ)かば水は涸れなむ」(作者不詳)

耳梨の池は恨めしい、あの子がさまよって来て水にはいったら、水がかれて死ねないようにしてくれればよかったのに。

昔々、三人の男たちが一人の娘を好きになり、求婚しましたが、その娘は、思い悩んだ末に池に身を投げたそうです。
その三人の男たちが、嘆き悲しんで詠んだ歌(三首)の一つ。

藤原宮跡から見た耳成山。

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耳成山へのアクセス、行き方歩き方

奈良県橿原市木原町

近鉄耳成駅から徒歩で7分

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