名城の旅

大阪府

祟りを恐れる一方で・・・・

戦国武将は神仏や神秘的な威力に頼るものが非常に多い。 上杉謙信の春日山城には毘沙門堂があります。 謙信は合戦の前には護摩を焚いて勝利を祈願したという。 毘沙門堂(復元) この毘沙門堂は昭和6年に復元されたものなので、大きさ形などが謙信がこも...
甲信越

信玄出生地 積翠寺

積翠寺は甲府市街地を形成する相川扇状地の頂部、甲府駅の北約4キロの標高約540〜700メートル、国の史跡に指定されている要害山城の麓に位置している 積翠寺近在の要害山城は、『高白斎記』に記される武田信玄生誕の地でもあり、現在も同寺院には信玄...
甲信越

わずか60日あまりで捨てられた新府城

新府城は勝頼が築城し、甲斐武田氏の城郭技術の集大成と評価される崖端城。 一般には、武田氏は次々に領土を減らしていく一方になり、信玄の「人は城」という伝説(『甲陽軍鑑』『名将名言録』)を理念にできるほどの余力はなかったとされる。 しかし、新府...
東北

上杉鷹山のすごさを感じる 米沢城址

米沢城は、伊達氏、上杉氏の居城で、松岬城、舞鶴城とも呼ばれた。 米沢城の起源は、暦仁元年(1238)に地頭長井時広が築城したと伝えられるが、判然としない。 城は米沢市街地のほぼ中心に位置する。 戦国時代後期には伊達氏の本拠地が置かれ、伊達政...
東北

桜の名所 三春城跡

三春城跡は、三春町の中心部、標高407mの丘陵地にあり、戦国時代は田村氏、江戸時代は松下氏、加藤氏、秋田氏の居城であった。 現在は公園として整備され、桜の名所としても知られている。 別名舞鶴城。 丘陵の中腹地(現在お城坂といわれる登り口付近...
東北

桜まとう天守閣 白石城は桜満開

今日から南東北の名城巡りです。 まず仙台藩伊達氏の支城として用いられ、片倉氏が代々居住した白石城からスタートです。 仙台行ANA733便に搭乗、今回は内陸よりの飛行コースをとったため富士を見ることができた。 機内からガラス過ごしの撮影のため...
京都府

淀殿ゆかりの 淀古城跡

淀古城は、徳川幕府が築城した淀城の東北、500m程のところにあります。 江戸時代に築城された淀城と淀殿ゆかりの淀城は別で場所もそれぞれ異なります。 区別して淀殿ゆかりの淀城は『淀古城』と呼ばれますが遺構はなく妙教寺に石碑が建ち唯一往時を偲ば...
北陸

ササラ峠越えのエピソードを残す 富山城

本能寺の変後、越中に居た佐々成政は徳川家康の決起を促すため富山から雪の立山を徒歩で超え浜松に行きます。 佐々成政の努力に係わらず徳川家康は動かず、佐々成政はまた立山越えをして富山に帰ります。 この立山越えが「雪のささら峠越え」と言い有名な話...
甲信越

諏訪の浮城 高島城

別名島崎城。 城郭の形式は連郭式平城である。 かつては諏訪湖に突き出した水城で「諏訪の浮城(すわのうきしろ)」と呼ばれていたが、江戸時代初めに諏訪湖の干拓が行われ、水城の面影は失われた。 しかし、浮城の異名を持っていたことから日本三大湖城の...
大阪府

灯りに浮かぶ天守閣 大阪城城灯りの景

大阪城城灯りの景を夕涼みを兼ねてのぞいてみた。 約2万個のろうそくとライトアップで幻想的な空間を作り出していた。 灯りが目立つようになるまでもう少し時間があるのでゆっくりと城内を一周してみた。 極楽橋を渡り山里曲輪へ向かう。 山里曲輪、秀頼...
東北

三八城公園に残る 八戸城跡

ホテルへチェックイン後、夕食までのわずかな時間を利用して、市内に残る八戸城跡の探索に出かけた。 八戸城は、現在の八戸市内丸に位置し、八戸南部氏が拠点としていた八戸根城とは全く別個の城郭である。 既に夕闇は迫っている。 1644年(正保元年)...
東海

東海道を睥睨(へいげい)する 亀山城

伊勢亀山城は、1265年(文永2年)に伊勢平氏の流れをくむ関実忠によって伊勢国鈴鹿郡若山に築城された。 神戸、国府、鹿伏兎、峯、亀山の各城を居城とする関五家の宗家の居城として重きをなした。 その後、関氏の時代のうちに現在の位置に移され、15...