鶴乃茶屋の石畳

大阪府


鶴乃茶屋の石畳の石畳を訪ねます。
ここは河童横丁、阪急大阪梅田駅茶屋町出口のすぐ外にある高架線路の下には、都会的な雰囲気が漂う繁華街のレストラン街が広がっています。

レトロなスタイルの脇道に、堂々とフォーマルに並ぶことなく、気軽に立ち寄れるリーズナブルな価格のレストランが約20軒。
昔ながらの居酒屋から若者が集まるトレンディなバー、クラシックなラーメン、うどん、カレー、大阪で有名なお好み焼きや串カツまで、さまざまな飲食店があります。

ファッションビルの真ん中に溶け込むように建っている石碑。

旧能勢街道(池田街道)沿いだった当地に江戸時代から茶屋ができはじめ、明治中期には「鶴乃茶屋」「萩乃茶屋」「車乃茶屋」という3軒の料理茶屋が集まっていたことから「茶屋町」と呼ばれるようになった。
過去の投稿より茶屋町辺り

かつては梅や菜の花の名所として、花見のために多くの人で賑わっていた。

鶴乃茶屋があった現在の茶屋町周辺や天満、毛馬辺りは、明治の初め頃まで、菜の花の名所として知られていました。
過去の投稿より菜の花の散歩道 鶴乃茶屋散策

「菜の花や月は東に日は西に」という有名な句は、安永3(1774)年に詠まれた句です。

この句を詠んだ、巨匠とも言うべき俳人・与謝蕪村は毛馬の出身。
アプローズの前には菜の花で埋まった一角があります。
そして蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」の句碑がありました。
関連記事:水の底に消えた蕪村の故郷・毛馬村

晩年には定住していた京都から、船に乗って茶屋町周辺を頻繁に訪れていたとも言われており、この句についても、原風景である茶屋町や毛馬の情景を思い浮かべてつくった、という説があります。

梅田駅から阪急梅田駅に向かって歩き、「古書のまち」の方へ抜けると、茶屋町に出ます。
強い存在感を放っているのは、NU茶屋町(ファッションビル)。

1階部分が通り抜けになっており、ついつい惹きつけられてくぐってしまう……、上手くできています。

その先にあるのがNU茶屋町+という別館(2011年開業)です。

大阪工業大学

1889年にあった展望台
大阪工業大学のすぐ近くにある石碑です。
ここに、1889年に39メートル(9階建て)の展望台があったそうです。

それから約130年経ち、今では大阪に300メートル(60階建て)のビル(あべのハルカス)が出来ています。技術の進歩に感心しました。

明治時代になって日本にも西洋の文化が入ってきました。
それまで、お城以外はほとんど2階建てまでだった日本にも、高層建築が入ってきました。その走りが東京浅草の凌雲閣です。

大阪にも現在の大阪市北区茶屋町の「有楽園」という遊園地に、高さ39メートルで9階建てに凌雲閣という塔が建てられました。

当時はせいぜい2階建てか、3階建てまでだったので目立ったでしょうね。

大阪の凌雲閣があった土地は、その後梅田東小学校になりました。

しかし、戦後には繁華街が広がり、住民の減少と郊外へのドーナツ化現象により閉校しました。
現在は、「梅田東生涯学習ルーム体育館」になっています。
旧梅田東小学校跡地の入口に石碑と金属板の説明があるだけです。

関連記事



2024年のゴールデンウィークは、4/30~5/2を休めば、最大10連休!花の絶景スポットや、ホテル・旅館のバーベキュー付きプラン、日帰りツアーなど、さまざまなテーマで国内旅行を紹介中です♪

【エントリーは2/29(木)まで】抽選で15,000名様に3,000ポイントキャンペーン開催中!
【2/29まで】2~3月出発 クーポン併用で最大13,000円引き!国内ツアーで使える割引クーポン配布中!
国内宿泊・ツアーに使えるクーポン配布中
≪クラブツーリズムの大人旅≫

「寄付金控除に関する証明書」発行サービスのご案内
確定申告でのお手続きが簡単になります
【e-Taxをご利用の場合】
e-Taxでダウンロードした証明書を確定申告書に添付して手続きをします。
個々のデータを入力する必要がないので簡単!
【税務署に郵送・持参する場合】
証明書データを国税庁が提供する「QRコード付き証明書等作成システム」※2で読み込み、
PDFに変換したものを印刷し、確定申告書に添付して申告します。
添付書類が1枚になり便利に!