東北

こけしのまち鳴子は木地師のまち

江戸末期文化文政(1800年代前半)の頃、木地師達が温泉みやげとして作った鳴子こけしは、今も昔ながらの技法で工人が一つ一つ手作りで作っています。岩下こけし資料館には豊臣秀吉の免許状 ・織田信長の免許状 ・木地師免許書などが展示される。秀吉の...
東北

北帰行直前の白鳥 鳴子温泉

江合川(荒雄川)に白鳥がいるというので出かけてみることに、折角だから日の出とからめてと欲を出した。宿を5時過ぎに出発、目的地までは徒歩20分と聞いた。辺りはまだ暗い、後ろの目立つ山は何という山だろう、ホテルへ帰って聞いたら「ミミズク山」だと...
東北

春待つ仙台へ

鳴子温泉を訪れるべく機上の人となる、寒さを心配していたが幸い突然の陽気で東北も最高気温18℃という温かさ、快適な旅となりそうだ。快晴の天気、富士もきれいに見えました、手前の山は秩父あたりの山々かな。仙台は1年半振りの訪問だが、空港近くの農地...
大阪府

春到来 住吉大社界隈

雪の鳴子温泉から帰り、写真整理に疲れ住吉大社界隈を散歩。桜の咲きそろった住吉公園は花見客でにぎやかです。石舞台横の池ではカモが気持ちよさそうに水浴、カメも日向ぼっこ。社務所前の桜、あでやかに咲き誇っている、どこを切り取ろうかな。青空に透かし...
京都府

清凉寺 源氏物語ゆかりの地

清涼寺の前身は、光源氏のモデルとされる嵯峨天皇・皇子の源融(みなもととおる)の山荘「棲霞観」(せいかかん)で、融が亡くなって棲霞寺と改めらたが、天慶8年(945)醍醐天皇・皇子の重明(しげあきら)親王が亡き妃のために新堂を建て釈迦如来を安置...
大阪府

中島惣社 中島郷48か村の神宮

孝徳天皇白雉2年(651)長柄豊崎宮に遷都のころ、五穀豊饒を祈って創建したと伝える。中島郷48か村の神宮であることから惣社という。明治末年には、19,000坪余(6.3ha)の境内をもっており、崇禅寺馬場と共に一大森林をなしていた。 『摂津...
京都府

長講堂 後白河法皇ゆかりの寺

もと後白河法皇(ごしらかわほうおう)が仙洞(せんとう)御所に営まれた持仏堂で、正式名を「法華長講弥陀三昧堂(ほっけちょうこうみださんまいどう)」といい、法華経を永遠に讃し、阿弥陀仏を念じて三昧境に入る道場という意味である。寿永2年(1183...
京都府

早春の洛北 常照皇寺

この寺の開山は、南北朝時代に北朝初代の天皇となった光厳上皇である。光厳上皇は観応3年/正平7年(1352年)、大和国賀名生の南朝後村上天皇行宮にて落飾(出家)し、禅宗に帰依した。帰京の後、貞治元年/正平17年(1362年)、丹波山国庄を訪れ...
京都府

東寺小子房は天皇のための貴賓館

現在東寺では宝物館、小子房の特別拝観が行われている。五重塔は東寺のみならず京都のシンボルとなっている塔。高さ54.8メートルは木造塔としては日本一の高さを誇る。天長3年(826年)空海により、創建着手、実際の創建は空海没後の9世紀末であった...
京都府

司馬遼太郎の墓は、どこにあるの

京都 東山五条 司馬遼太郎の墓今日司馬遼太郎の墓参りに行ってきた。国民的作家だが意外と墓所は知られていないのでは・・・・・、全国の司馬ファンのため場所の説明をしておく。司馬遼太郎のお墓は 京都大谷本廟にあります。浄土真宗本願寺派 本願寺 大...
京都府

産寧坂の早咲き枝垂れ桜ははや満開

産寧坂(さんねいざか)は三年坂(さんねんざか)とも呼ばれる、東山の観光地として有名。早咲き枝垂れ桜ははや満開です。京都の早咲き桜の名所は当ブログの下記記事で紹介しています。京都 早咲きの桜を求めて西東降り注ぐように咲き誇る京都御苑 近衛邸跡...
兵庫県

清盛ゆかりの兵庫厳島神社

わずか半年ながら、神戸の福原に遷都した平清盛。清盛が描いた夢の跡をたどってみた。今回は清盛ゆかりの厳島神社。奈良時代に行基上人によって開港されていた大輪田泊は、平清盛公によって日宋貿易の拠点となるべく大改修が行われ、1174(承安4)年には...