消えた花街の記憶をたどって


細井川に架かる何の変哲もない橋だが・・・・

季刊誌「大阪春秋」平成23年春号 すみよし ~住吉大社1800年の「住吉大社に花を添えた住吉新地 消えた花街の記憶をたどって」という記事によるといわくがありそうだ。

江川橋

新町の粋人・江川兵次郎さんにに尋ねますと、「いやー、実はこの橋は私のおじいちゃんが架けた橋なんです。

新町で瓢箪家という雀鮓をやってたんですが、実は住吉新地にコレがおりまして・・・・」にこっと笑って、左の小指をつっと差し出して、「好きな芸妓にはよ会いたい云うて架けましたんや」。

聞けば、かみさんの目を盗んで店を抜けだし南海電車で住吉公園まで、細井川に橋が無く、公園を通って高燈籠のほうから国道16号線(現在の国道26号線)の大正橋を回って行くのが「もうたまらん!」と、自分で金を出して木橋をかけたのが「江川橋」。

言われて同じ道を歩いてみたのですが、たった3分の違い。

兵次郎さんによると、「たかが」と「されど」の違い、それは「粋」と「無粋」の分かれ目でした。

萬目地蔵さん

国道26号線、住吉公園を南に行くとすぐ陸橋があり、その東詰めに立派な石碑とまだ新しい祠があります。

「浜口萬目地蔵尊の碑」です。

「真志目(まじめ)なら願いも叶ふ 地蔵尊」と大書され、「大阪新町雀鮓本家 江川瓢雀」、その左に、「同加代」、と有ります。

もうお分かりのように、全てが「粋」で通されているのには訳があります。

そうこの碑も実は、粋人の祖父・江川兵蔵四が建てたもので、実は江川橋の袂に有ったものを移築、平成12年、地蔵盆供養としてお化粧直ししたものなんです。

その意味とは、

一 萬目地蔵とは、本来住吉浦の波間から出現したありがたい地蔵菩薩なんですが、真面目なら願いも叶うと小さな「志」の字を加えています。

二 瓢雀とは、瓢箪家の雀鮓の略で、兵蔵氏の号ですが、その左の加代とは? かみさんの名はツチのはずですが・・・・

半世紀にわたり、府内全域の歴史や文化、産業を特集してきた季刊誌「大阪春秋」が4月の182号をもって休刊するという。

貴重な雑誌でしたが残念。

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