霧の公園


朝霧の立ち込める住吉公園の散策。

清々しい朝の雰囲気、心字池の畔ではラジオ体操の人々。 

霧の立ち込める汐掛道。

昔は社前より神輿を担ぎ出し、その神輿を担いだまま出見の浜と呼ばれる海に入っておりました。

海で浄め神輿が通るこの道を汐掛道(250m)と称され遠近の参詣や行楽の人々で賑わっていました。

現在この海岸は、南港の埋め立てによって約西へと変遷しましたが、今も昔も変わらず沖合いより汲んだ海水で神輿を浄めながら、この住吉公園の汐掛道を通っていました

遠景に太鼓橋が望まれます。

汐掛道
住吉大社の旧表参道の汐掛道は、海岸に上陸した海神が通った道で、出見の浜〜住吉高灯 … 続きを読む →

千年前のデートスポットです
住吉大神は、『源氏物語』の『澪標(みおつくし)』の舞台だったことから「和歌の神様 … 続きを読む →

南海電車「住吉大社駅」の前にある源氏物語澪標に描かれた明石の上のかなしい恋物語の碑。

桜広場の間を抜けます、緊急事態宣言を受けバーベキュー利用中止のお知らせがありました。

住吉公園は、明治6年に太政官布達第16号に基づいて開設された歴史の深い公園です。

元は住吉大社の馬場であり、海岸が近く白砂青松の地でもありました。

汐掛道は船で訪れた人の参道で黒松が繁っていましたが、明治18年阪堺鉄道が開通し民家も増え園内に茶店や料理屋が立ち、排水不良や踏み固めによる松の衰弱と枯死が目立ってきました。

大正13年国道26号が公園を通過し運動場が廃止されました。
昭和20年戦前、戦後の園内荒廃の復旧に着手。

最後の花見か住吉大社界隈雨中散策
鳴子温泉シリーズの掲載中ですが、季節の話題を割り込ませていただきます。 恐らく最 … 続きを読む →

住吉高燈籠(たかどうろう)
わが国最初の灯台として、鎌倉時代末の創建というが不詳。

もとは、現地から西約200mのところ(顕彰碑が立っている)にあったが、台風で倒壊したり道路工事で撤去されるなどで当地へ移築された。
当時は海岸近くにあたり、点灯すると十分灯台の役目を果たしたという。

都会を襲った突然の春雪 住吉大社
南海上を進む低気圧のおかげで太平洋側の広い地域で突然の雪となり、雪に慣れない都会 … 続きを読む →

雪化粧した高燈籠。

住吉公園界隈 初夏の花巡り
最近、デジカメのスーパーマクロ機能がもてはやされていますが、もう一つ上を行く顕微 … 続きを読む →

潮掛道には有名な芭蕉の句碑があります。

♪升買うて 分別かはる 月見かな

元禄7年(1694)9月、芭蕉は大坂で派閥争いをしていた門人、酒堂(しゅどう)と之堂(しどう)の仲を仲裁するために故郷の伊賀上野から奈良を経て大阪に入り、同月13日、住吉近くの長谷川畦止(けいし)亭で月見の句会を予定していました。

その日は住吉大社で宝の市(升の市)が立って賑わう日でしたから、この市に出かけ名物の升を買っています。

去る9日来阪以来何となく気分のすぐれなかった芭蕉は、その夜急に悪寒を覚え、句会をすっぽかして早々に帰ってしまいました。

翌日にはすっかり快復して、芭蕉の不参加で延期されていた会に出かけて詠んだ挨拶の発句です。

参加者一同が不参加の理由(気が変わったのではない)を知っていることを承知の上で正面切って謝らず、それを風流に詠んだのがこの句であると云われています。

芭蕉はその後間もなく病に伏し、大阪市内南御堂付近で亡くなったのでした。

清々しい霧の朝の散策でした。

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