頂法寺は、天台宗系単立の仏教寺院。
山号は紫雲山。本尊は如意輪観音(秘仏)。
西国三十三所第十八番札所。
正式の寺号は頂法寺(山号を冠して紫雲山頂法寺)であるが、本堂が平面六角形であることから、一般には「六角堂」の通称で知られる。華道、池坊の発祥の地としても知られる。
六角堂には、御幸桜(しだれ桜)、平安しだれ桜、染井吉野の三種類の桜があります。
その中で、御幸桜が一番早く花を咲かせ、今、見頃となっています。
京都で一番早く、春の訪れを見せてくれる桜です。
聖徳太子によって創建されたとされるが、1974年から翌年にかけて実施された発掘調査の結果、飛鳥時代の遺構は検出されず、実際の創建は10世紀後半頃と推定されている。
六角堂が史料に現れるのは11世紀初めからである。
藤原道長の日記『御堂関白記』寛仁元年(1017年)3月21日条に、「六角小路」という地名が見えるのが早い例である。
三十二世(二世)池坊専好の立花
室町時代後半に活躍した実在の人物。
応仁の乱の末に華道の精神を説いた池坊専応、全国に足を運び立花を伝えた池坊専栄。
その後を引き継いだのが池坊専好(初代)である。
華道家元池坊が住職を務める六角堂は、いけばな発祥の地。
仏前供花などを起源とするいけばなは室町時代に成立し、日本文化の重要な要素となりました。
六角堂は、池坊専慶、池坊専応、池坊専好など、数々の花の名手を輩出しています。
縁むすびの六角柳。
地蔵山の南側の一群は、小さな素焼きの鳩の置物に囲まれています。
この鳩は六角堂の授与品である”鳩みくじ”が入っている容器です。
鎌倉時代初期の建仁元年(1201年)、叡山の堂僧であった29歳の範宴(のちの親鸞)が、この六角堂に百日間参籠し、95日目の暁の夢中に聖徳太子の四句の偈文を得て、浄土宗の宗祖とされる法然の専修念仏に帰依したとされる。
本堂の東側にある十六羅漢。
羅漢は、仏の教えを守り伝えることのできる優れた僧に与えられる名前。
十六は四方八方を倍にしたもので、いたるところに羅漢がいる意味とされる。
十六羅漢の周りには猿のような「邪鬼」もいる。
邪鬼はひねくれて仏教を理解しない衆生を表すが、六角堂の邪鬼は改心して十六羅漢を守り、修行に励んでいる。
きっと穏やかな羅漢さんに心を打たれたのだろう。
見ざる・聞かざる・言わざるの像。
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