2007年から、始まった「町家の雛めぐり」は、今回で11回目。
町あげてのイベントに発展し、約百軒のお雛さんを町並みのあちらこちらで展示。
駅からお越しになる皆様を最初に御迎えする大きなお雛さま。
会場内唯一の真正ジャンボ雛です!
雛祭りの起源は平安時代中期(約1000年前)
三月の初めの巳の日に、上巳(じょうし)の節句といい、無病息災を願う行事をしていた。
陰陽師を呼んで、神に祈り、人形に自分の災厄を托して海や川に流していたそうです。
その頃、上流階級の女の子の間では「ひいな遊び」というものがありました。
ひいなとは、人形のこと。紙などで作った人形と、御殿、身の回りの道具を模した玩具で遊んでいたそうです。
長い月日の間に、こうした行事と遊びが重なり合って、現在のような「ひな祭」と姿を変えてきたようです。
この上巳の節句が三月三日に定まったのは、室町時代(約600年前)頃。この頃は、まだ 「ひな人形」を飾って遊ぶ今のひな祭とはかけはなれた、祓いの行事 であった
江戸中期には、女性たちばかりでなく、女の赤ちゃん誕生を祝う初節句の風習も生まれ、ひな祭りはますます盛んとなりました 。
この頃から附属のひな人形やひな道具の種類も多くなり、かなり贅沢なものが作られるようになりました。
質素倹約を推奨する幕府はひな人形の華美を禁じるお触れを何度も出しています。
明治時代に入ると、新政府は従来の節句行事を廃止して新しく祝祭日を定め、節句行事は一時衰えました。
しかし、長い間人々の生活に根を下ろした行事は簡単になくなるものではなく、自然的に復活し、今日にも、ひな祭が行われるようになっています。
かぐや姫のお話である『竹取物語』と音が似ているため、高取町はかぐや姫の里としても積極的にアピールしている最中とか。
洋風のおひな様もあり、にぎやかです。
軒先で見かけました、この時期に見かける風景です。
歌よみにはお馴染み、季語・柊挿す。
節分の行事の一つ。節分の夜に、焼いた鰯の頭を柊の枝に刺し、戸口に挿しておく。鬼や邪気が家に紛れ込むのを防ぐまじない。
鰯のほか葱、豆殻、らっきょう、にんにくなど地方によって鬼よけの品は異なる。
柊さすはてしや外の浜びさし 蕪村 「蕪村遺稿」
柊をさすや築地の崩れまで 蝶夢 「草根発句集」
猫の子のざれなくしけりさし柊 一茶 「七番日記」
烈風の戸に柊のさしてあり 石橋秀野 「桜濃く」
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