城南宮で湯立神楽

この記事は誤って消去した記事の再掲です。
京都の城南宮で1月20日湯立神楽が行われました。

湯立神楽は悪病退散、満願成就を祈る古くから伝わる伝統神事で、昭和54年に再開されたと説明があった。

城南宮の鳥居の日月星を象った三光の御神紋は神功皇后の旗印に因んで方除の御神徳を表し、建築・転宅・交通・旅行安全の神として信仰が深い。

鳥居をくぐったところに「熊野詣出立の地」の説明板があり、白河上皇の熊野御幸、鳥羽離宮の精進屋出立、難行苦行熊野詣、蟻の熊野詣の四節に分けた説明が記されていた。

各地で行われる湯立神事は盟神探湯(くがたち)の流れを汲むもとされるのが一般的。
現代のような裁判制度の無かった古い時代何かの罪で疑われた人は熱湯の中に手を入れ、焼けだだれたれば有罪とされた。

この罪人の判別を神意に問う方法を「盟神探湯(くがたち)」と言い、湯立て神事の起源とされています。

もともと巫女や神職が煮えたぎる釜の湯に笹の葉や枝を浸してそのしぶきを浴び、神懸りとなって託宣を述べるもので、神霊の神意を問う神事であるため「問い湯」とも言われます。
境内に忌竹を立て、注連縄をめぐらし、釜で湯を沸かします。

午後2時、神官、巫女が登場、いよいよ神事の始まりです。

そして4人のお巫女さんによる神楽。こちらは扇の舞いです。
装束については千早と緋袴を略の装束としている。

千早の青摺模様は松鶴をあしらったものが多いが額には花簪若しくは前天冠を著け、髪は後ろで束ねて絵元結(熨斗紙・水引・丈長を組み合わせた装飾)を結ぶ。

現代人が扇子を持つ時ついつい要を持ってしまうが、檜扇は要を持たないのが正式な作法である。
広げて持つときは要の少し上を持ち、閉じてからは片手で中心より根元よりの部分を軽く持ち、もう一方の手を下から先の部分に添える。

こちらは鈴の舞い。
雅楽の音色に、鈴の心地良い音が響き渡ります。
神楽鈴は輪が3つ付けられ、上から3個、5個、7個の鈴が付けられる。
これは稲穂を模したものであり、五穀豊穣の祈願の意味がある。

舞い終えると舞殿の前から鈴でお祓い。

襷掛けの巫女さんが登場、湯立神楽のはじまりです。
神社によって、あれおとめ(賀茂神社) きね みかむこ あねこ こそ 物忌 宮の女(みやのめ。大三輪神社) わか(塩釜神社) たまよりひめ をさめ(香取神宮) をそめ(吉備津神社) いつきこ(松尾神社) ないし 女別当 湯立て巫女 等と言う。

まず大釜の中に塩を撒いて大釜を清めます。

杓で天の水を掬って大釜の湯に注ぎ入れる所作をします(灼取りの儀)。

続いてその大釜の湯に米を入れます。

そして酒を入れます。

さらに御幣をもって清めます。
御幣の柄を釜に浸して湯をかき混ぜるような所作をしています。

次いで笛・太鼓の音にあわせ、神憑(かみがか)りするかのように御幣を手にして舞います。
最後に巫女さんが笹の葉で大釜の湯を勢いよく散らして邪気を払います。

周囲にはもうもうと湯気が立ち込め、大勢の参列者が見守る中巫女さんは何度も笹の葉で大釜の湯を勢いよく散らして邪気を払います。

最後に参列者へ笹でお祓いが行われる。
湯にかかれば無病息災の利益にあづかり、その笹の葉を持ち帰れば幸運に恵まれるといわれます。
特に関西地方に多かった民間の神楽で湯による禊祓(みそぎはらえ)の儀式です。

釜に浸かった笹が巫女さんに渡されました。

神事終了後希望者には福笹(釜に浸かった)が授与されています(有料)

釜の湯気にあたると御利益が?
文政六年の銘を一所懸命探している人もいます。

神事に使われた「文政六年癸未二月」1823年の銘を持つ直径70㌢近い大釜。

クラブツーリズムのお勧めツアーはこちら!

城南宮へのアクセス、行き方歩き方

城南宮公式サイト

【城南宮】伏見区中島鳥羽離宮町
地下鉄「竹田」より 市バス南1・2・3「城南宮東口」
TEL 075(623)0846