唐古・鍵遺跡(からこ・かぎ・いせき)は奈良盆地中央部、標高約48メートル前後の沖積地、奈良県磯城郡田原本町大字唐古及び大字鍵に立地する弥生時代の環濠集落遺跡。
卑弥呼の出生地とする説もある。
現段階の調査で認知されている遺跡面積は約30万平方メートル。
全国からヒスイや土器などが集まる一方、銅鐸の主要な製造地でもあったと見られ、弥生時代の日本列島内でも重要な勢力の拠点があった集落ではないかと見られている。
平成11年(1999年)に国の史跡に指定され、ここから出土した土器に描かれていた多層式の楼閣が遺跡内に復元されている。
内側の環濠は幅8メートル以上、その大環濠を囲むように幅4~5メートルの環濠が4~5重に巡らされる多重環濠。
これらの多重環濠群は居住区の外縁を幅150~200メートルで囲み、環濠帯を形成している。
唐古池の東側堤防下で実施した第23次調査で弥生時代前期の木棺墓を2基検出。
そのうちの1基からは成人男性の人骨が検出された。
鑑定の結果 、面長な顔の特徴などから、渡来系弥生人であることが判明。
絵を描いた土器が多数出土、そのうちの二つの土器の破片に「楼閣」が描かれている。
巻き込んだ屋根飾りを付けた建物が6棟あり、格式の高い建物である。
その中でも「楼閣」は巻き込んだ屋根飾りがたくさん付いているので一番格式の高い建物であることが推測できる。
建物の絵を描いた土器は西日本の各地で46例見つかっており、そのうち15例がこの遺跡から出土した土器で、屋根飾りを付けた建物の絵はこの遺跡で6例、隣村の清水風(天理市)で1例あるのみ。
復元楼閣の高さは12.5mの2階建てで、4本の柱は直径50cmのヒバ材を使用しています。
屋根は茅葺きで、丸太で放射状に押さえている。
壁は外面 が網代壁、内面が板壁です。
唐古・鍵遺跡の建物に特徴的な渦巻き状の屋根飾りは藤蔓で作り、梯子は刻み梯子で復元している。
土器に描かれた屋根の上の逆S字状の3本の線は渡り鳥と解釈し、木製の鳥を東西両面 にそれぞれ3羽ずつ設置。
以前訪れた吉野ヶ里遺跡では鳥の説明を
各エリアの入り口の上部の木製の鳥
弥生時代、鳥は稲などの穀物の霊を運んできたり、悪霊から守ってくれるシンボル(神の使い)とされていたようです。
北内郭 ~神への祈り~
としている。
弥生時代の大規模環濠集落跡 吉野ヶ里遺跡
佐賀県神埼郡吉野ヶ里町と神埼市にまたがる吉野ヶ里丘陵に、およそ50ヘクタールにわ … 続きを読む →
田原本町では、現在史跡指定された約10ヘクタールの公有化事業が進められており、公有化された土地は、史跡公園として整備する予定とのこと。
大泉(おいずみ=桜井市)の交差点付近で「森本六爾夫妻顕彰の碑」を拝見。
「考古学の鬼」と呼ばれた異才。
森本六爾(もりもとろくじ 1903年~1936年)、唐古・鍵遺跡の壺に残る一粒の籾痕から、いまは常識の「弥生時代は稲作の農耕社会」と証明した。
松本清張の短編小説『断碑』の主人公、木村卓治のモデルとされている。
不遇のうち34歳で亡くなっている。
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唐古・鍵遺跡へのアクセス、行き方歩き方
奈良県磯城郡田原本町大字唐古及び大字鍵
遺跡・復元楼閣 近鉄石見駅下車徒歩20分
唐古・鍵考古学ミュージアム 近鉄田原本駅下車徒歩20分