地元では「おみずばた」と呼ばれ、「スワンレイク」という愛称も持つ。
軽井沢を離れる日の朝食前に池の周りを散策した。
2102年11月から社会実験を経て、実用化されている軽井沢六本辻の環状交差点(ラウンドアバウト交差点)。
2014年9月1日には道路交通法が改正され、道路もルールも本格化してから1年が過ぎました。
日本ではまだなじみの少ない交通方式ですが、徐々に浸透してきて、交通渋滞の緩和や安全に一定の成果があるのではないかと。
この画像は前々日に撮影のもの、この日は時間もなく入り口のみで引き返す。
雨に降られながらの散策だった。
本日は朝から快晴、軽井沢に来て最初で最後の快晴だ。
水面には霧が立ち込めいい雰囲気を醸す。
秋口を告げるセリ科の花シラネセンキュウ。
セリ科シシウド属の多年草、別名、スズカゼリ。
池にはたくさんの鯉も見られる。
湖面に映る四季折々の自然が美しい。
8月初めころに4匹のカルガモの雛たちが誕生したという、元気に育っているかな。
細長い形状からデーランボーという巨人の足跡という伝説が残るが、近世にホテル鹿島ノ森の敷地内に湧く御膳水を源とする小川をせき止めて誕生した池である。
9日午前には台風18号が長野県に最も接近し、軽井沢でも雨風共に強くなったが幸いにも大きな災害にはならず。
池の中ほどにある流れ込み。
前方が白洲次郎の元別荘と聞いたが?
R’s pond cafetが庭部分だけを借りて営業しているという。
確かにそのようなブログ記事は存在するが、一編のみで、他に関連記事は見られない。
R’s pond cafetと白洲次郎というキーワードでは記事が見当たらない。
これだけ多くの人が訪れる観光地ですこし不自然に感じる、保留としておこう。
池の反対側から見たR’s pond cafet。
白洲次郎と言えば南ヶ丘の別荘が有名だ。
占領下の米軍をして「従順ならざる唯一の日本人」と嘆かせた快男子、白洲次郎。
白洲は、昭和27年コースが米軍接収から解放された時に、理事となっている。
昭和57年2月理事長に選任される。
世評では、白洲次郎といえばプリンシプル(原則)の男である。
軽井沢GCでも、プライベートクラブの原則を貫いたというエピソードで語られることが多い。
たとえば、T総理が、ある日曜日に、駐日外国大使を伴って来場したが、白洲理事長にプレーを拒否されたという話。
またN総理は、SPを帯同して来場、プレーを断られたという話。
二つの話とも、メンバーシップの原則による処理で、それが、特別に白洲次郎が強面の怪物だったかのように作られてしまったようだ。
池の流れ込み部が近づいた、霧に煙る風景が何とも言えない。
クマが出没するとの物騒な看板があった。
背中を引っかかれたとかの記事も見受けられた。
池の反対側です、4匹のカルガモがなかよく泳ぐ、今年生まれた雛たちかな。
木々の間からの光芒がきれい。
何とも言えない神秘的な光景です。
クモの巣と枝から滴る水滴が陽に輝く。
約30分の散策の後スター地点に戻る、先ほどの切りはまるで嘘のように池面はクリアだ。
これで4日間の軽井沢観光も終わり、雨にたたられた日々だったが最後の晴れがせめてもの慰めかな。
雲場池へのアクセス、行き方歩き方
北佐久郡軽井沢町六本辻
Tel:0267-42-5538 (軽井沢観光会館)
JR長野新幹線軽井沢駅から徒歩約15分