石位寺 最古の石彫り三尊仏

奈良県
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大宇陀に向かう166号線は、外鎌(とがま)山と鳥見山に挟まれた峡谷に入って行く。
峡谷の入口から外鎌山の西麓を粟原川に沿って続いている集落がある。

桜井市大字忍阪である。この集落の中に、我が国の最古の石仏を安置していることで知られる石位寺がある。

収蔵庫に安置されている本尊は、白鳳時代に製作された薬師三尊であると伝えられている。
我が国に現存する最も古い石彫りの三尊仏で、国の重要文化財に指定されている。

三尊を刻んだ石版の大きさは、高さ1.15m、幅1.5m、底辺1.21m、厚さ約0.2mで、丸みをおびた砂岩製である。

石仏の願主は万葉歌人・額田王(ぬかたのおおきみ)だったとの伝承がある。
額田王の念持仏として作られ、もとは栗原寺(おおばらでら)にあったが、栗原川の氾濫で流されてきたというのだ。

栗原寺は、和銅8年(715)に比売朝臣額田(ひめあそんぬかた)によって川上の粟原集落に建立された寺だが、比売朝臣額田が額田王であるとする言い伝えが古くからある。

造型は、長谷寺の銅盤法華説相図中の三尊物とよく似ているという。

三尊とも薄い法衣を通して内部の肉体の起伏がよく現れており、布の質感も巧みに描かれています。
彩色されていたらしく、その痕跡が像の唇と着衣にわずかに残る美しい石仏です。

川端康成が 晩年 この石仏を一見しほのぼのとした暖かいものがある 美少女といった感じでもあろうかと言ったという。

≪南東部石碑群≫
4基の石碑は、右から3基は「西国三十三所巡礼供養碑」
 
西国三十三所観音霊場を供養した記念碑的要素が強いもの。

右より戦国末~江戸前期のもので法名を刻み、二つ目は江戸時代初期・正保4年(1647)で物故者供養、三つ目は寛文4年(1664)で俗名で構成されたもの。

これらの石碑は、もともと境内の北西隅にあったもので、昭和53年の建て直し時に移設されたもの。
 
左端の石碑は、庚申講衆碑で、大型ですが浅い梵字の形状、半肉彫りですが形骸化した蓮弁などから16世紀後半頃の戦国末から江戸前期のももと推定できます
 
これは昭和28年の国道165号線開通による現・庚申堂の移転に伴い、移設されたもの。

人家の屋根越しに舒明天皇押坂内陵(おさかのうちのみささぎ)が見える。

粟原川(忍坂川)の谷には非蘇我系皇族の忍坂王家の人々の墳墓と思われる古墳が数多く存在する。

被葬者別に 並べると、大伴皇女墓、段の塚古墳(舒明天皇陵)。鏡王女墓の三陵墓(但し鏡王女墓は現在は指定外)があり段の塚古墳は舒明天皇と、母の田村皇女の合葬の為4人の皇族が葬られています。

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石位寺へのアクセス、行き方歩き方

桜井市忍阪870
予約必要(予約先 桜井市役所観光まちづくり課 電話0744-42-9111)

JR・近鉄桜井駅南口から菟田町行きバス、「忍阪」バス停下車、徒歩2分