弥勒の微笑が迎える太子ゆかりの寺 広隆寺

京都府
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弥勒菩薩で有名な広隆寺を訪れた。
この寺の名称は、古くは蜂岡寺と云い、また秦寺、秦公寺、葛野寺、太秦寺などと云われたが、今日では一般に広隆寺と呼ばれている。

広隆寺 (こうりゅうじ)は、京都市右京区太秦(うずまさ)にある寺。
宗派は真言宗系単立。
山号を蜂岡山と称する。

蜂岡寺(はちおかでら)、秦公寺(はたのきみでら)、太秦寺などの別称があり、地名を冠して太秦広隆寺とも呼ばれる。

帰化人系の氏族である秦(はた)氏の氏寺であり、平安京遷都以前から存在した、京都最古の寺院である。
国宝の弥勒菩薩半跏像を蔵することで知られ、聖徳太子信仰の寺でもある。

毎年10月12日に行われる牛祭は、京都三大奇祭として知られる。

京都三大奇祭の一つである牛祭が、10月12日(開催年は不定期)に行われる。
厄除神事「牛祭り」(10月10日)は、京都三大奇祭(ほかに鞍馬の火祭り、今宮神社のやすらい祭り)の一つとなっている。かつては境内にあった大酒神社の旧暦9月12日丑の刻の祭礼だった。

平安時代、1012年、比叡山の恵心僧都が、国家安泰、五穀豊穣、悪魔退散を願い、念仏堂行堂の後戸に摩多羅(魔咤羅神、まだら、またら)神を勧請して始まったという。
ただ、それ以前よりの祭りともみられている。

摩多羅神役の神人は、鼻高面を被り桃割れの面をつけ、牛に乗る。
赤鬼、青鬼の面を付けた四天王は、僧の祈祷を受ける。

一行は松明の火の下で練り歩く。
西門から通りに出て東門から境内に戻る。

摩多羅神は薬師堂前で独特の節回しで祭文を読み上げ、堂内に逃げ込み、四天王もその跡を追う。

南大門を入ると石畳が続いていて、その右手には赤堂と通称される講堂が、左手には薬師堂、能楽堂、地蔵堂が甍を並べている。

薬師堂内に納められている薬師如来はお火焚きの日に開帳される。

地蔵堂には平安時代に我が国繁栄のために弘法大師が諸人安産、子孫繁栄の御誓願に基づき御製作になった腹帯地蔵尊が祀られている。

上宮王院太子殿 – 広隆寺の本堂に当たる堂。
入母屋造、檜皮葺きの宮殿風建築で、享保15年(1730年)の建立である。

堂内奥の厨子内には本尊として聖徳太子立像を安置する。
木造聖徳太子立像は像高148センチメートル。

像内に元永3年(1120年)、仏師頼範作の造立銘があり、聖徳太子が秦河勝に仏像を賜った時の年齢である33歳時の像で、下着姿の像の上に実物の着物を着せて安置されている。

本像には天皇が即位などの重要儀式の際に着用する黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)を着せるならわしがあり、現在は平成6年(1994年)に下賜された袍が着せられている。
秘仏で、11月22日のみ開扉される。

太秦殿。
太秦明神、漢織女(あやはとりめ)、呉織女(くれはとりめ)を祀る。

上宮王院太子殿の側面。
正面の画像を撮ろうとしたら、正面の撮影はダメと制された。?!?

この奥に桂宮院本堂がある。
桂宮院本堂(国宝)-境内の西側、塀で囲まれた一画にある。
聖徳太子像を祀る堂で、法隆寺夢殿と同じ八角円堂であるが、建築様式的には純和様で檜皮葺きの軽快な堂である。

通常非公開で、4、5、10、11月の日曜、祝日のみ外観が公開される。
正確な建造年は不明であるが、建長3年(1251年)、中観上人澄禅による当堂建立のための勧進帳があることから、おおむねその頃の建立と推定される。

堂内の八角形の厨子も堂と同時代のもので、国宝の附(つけたり)として指定されている。
本尊の聖徳太子半跏像(鎌倉時代、重要文化財)は霊宝殿に移されている。

この時期緑がきれいな庭園。
今は、桔梗、睡蓮などがみられる。

3月の馬酔木(あしび)、6月上旬から睡蓮(すいれん)、桔梗(ききょう)など花の名所。

睡蓮の清楚な花姿。

霊宝殿 – 仏像を中心とした広隆寺の文化財を収蔵展示する施設で、1982年の建設である。
国宝の弥勒菩薩像2体、十二神将像などはここに安置されている。
西隣の旧霊宝殿は1922年、聖徳太子1,300年忌を期に建設されたもので、現在は公開されていない。

上宮王院太子殿東側は人の立ち入れない広い緑の空間だ。

百済からの貢献仏で飛鳥時代を代表する弥勒菩薩半跏思惟像:国宝(第1号)。
この弥勒菩薩像が太子から賜った仏像とされる。
宝冠弥勒とも呼ばれ、うつむき加減の姿。
館内は薄暗くはっきりと見えないが、口元に手を添え、微妙にほほえんだ像である。

隣に「泣き弥勒」と言われる、もう一つの国宝 弥勒菩薩半跏思惟像がある。

不空(ふくう)羂索(けんさく)観音立像 国宝
313,6cmを間近に仰ぐと圧倒的存在感がある。

不空とは心願空しからずと云う意味で、羂索とは戦いや猟で用いる端に環のついた投網。
つまり観音の大慈悲の網でもれなく全ての人を救う観音である。

均整のとれた端麗な姿、お顔は優しく、どこにも贅肉はない。
衣紋の彫りは力強い。

西門を出ると駐車場につながっている。
駐車場の北側が桂宮院だ。
左手の大木の根は完全につながっている。

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広隆寺へのアクセス、行き方歩き方

住所:京都市右京区太秦蜂岡町32
電話:075-861-1461

JR 太秦下車 徒歩約13分
市バス 太秦広隆寺前下車 徒歩約1分 
京都バス 太秦広隆寺前下車 徒歩約1分