四国最南端の足摺岬

北緯32度43分24秒、東経133度1分12秒。

付近にはこれより低緯度にも小島が散在し、四国本島としても、長碆(ながはえ)地区等の存在から、実際にはわずかに四国最南端ではないが、一般には四国最南端の地(岬)として認識されている。

足摺岬灯台、大正3年に建造され、幾多の改修を受けつつ現在も足摺沖を通る船舶の安全を見守っている。

なお、灯台の燈光度が220万カンデラあり、日本一の燈光度と言われています。

足摺崎の読みは本来「あしずりざき」が正式呼称であったが、観光地化の進展に伴い論議を経て通称の「あしずりみさき」が正式呼称となった。

足摺半島南東端に位置、黒潮の打ち寄せる断崖は約80mの高さをもつ。
周囲はツバキ・ウバメガシ・ビロウ等の亜熱帯植物が密生。沖合いはカツオの好漁場。

一方で台風銀座でもあり、しばしば暴風に見舞われる。

天狗の鼻は足摺岬灯台を眺める隠れた名所で近くには天皇陛下が皇太子時代に詠まれた歌碑が建てられています。

秋から冬場にかけてはアシズリノジギクが咲き乱れる群生地にもなっています。

天狗の鼻から灯台を望む。

南方にある浄土へ渡るという「補陀洛信仰」(→補陀洛山寺)の舞台であり、中世には紀伊(和歌山県)の那智勝浦と並ぶ、「補陀落渡海」の船の有名な出発地であった。

天狗の鼻から沖合を望む。

ジョン万次郎(中浜万次郎)は14才の時、出漁中に漂流し、アメリカの捕鯨船に救助され、やがて船長にその才能を認められ、船長の故郷マサチューセッツ州フェアヘーブンで英語、数学、測量、航海術、造船技術などを学びます。

やがて日本に帰国し、それらの貴重な知識や技術、体験は幕末から明治にかけての日本の夜明けに、日米の友好をはじめとする国際交流の礎に多大の影響を与えています。

足摺半島西岸、中浜の漁師であり、幕末の政局に大きな役割を果たしたジョン万次郎(中浜万次郎)の銅像が立つ。

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足摺岬へのアクセス、行き方歩き方

JR高知駅から特急に乗り中村で降ります。
駅構内のバス乗り場に中村到着の5分後に出発する、足摺岬行きのバスが出ています。

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