「源氏物語ゆかりの地・枳殻邸(渉成園)」

渉成園は東本願寺の飛地境内地(別邸)です。
1602(慶長7)年教如上人が徳川家康から寺地を寄進され、東本願寺が成立。

その後、13代宣如上人が三代将軍徳川家光から東本願寺の東側の土地を寄進され、引退後自らの隠居所をそこに定め、中国の詩人陶淵明「帰去来辞」の一節「園日渉而以成趣(園、日に渉って以って趣を成す)から採って「渉成園」と名付けた。
そして、周囲に枳殻を生垣として植えたことから枳殻邸とも称されるようになった。

臨池亭
滴翠軒と吹き放しの廊下でつながり、池に臨んで建てられていることからその名前が付けられた。

傍花閣
園林堂の東方、山門にあたる位置に建てられている。
庭園内には珍しい楼門作りで、左右側面に山廊と呼ばれる階段の入り口があり、階上には四畳半の部屋を設けている。
傍らには桜並木が広がり、春にはその名にふさわしい佇まいを見ることができる。

回棹廊
北大島と丹楓渓とを結ぶ木橋。
安政の大火(1858年)における焼失以前は、朱塗りの欄干を持つ反り橋だったと伝えられているが、現在は檜皮葺の屋根を持つ橋となっている。

印月池
渉成園の東南にあり、いわゆる「池泉回遊式庭園」である渉成園の中心となる広い園池。
東山から上る月影を水面に映して美しいことから、この名が付けられた。

広さは約1,700坪あり、園全体の約六分の一を占める。
実はこの枳殻邸(渉成園)、京都タワーが庭越しに見える穴場スポットなのです。
京都タワーが池に映って、本当にキレイです。

五松塢
侵雪橋を縮遠亭の建つ島へ渡ったところの北側のあたりを指し、本来は五株の松あるいは一幹五枝の松が植えられていたことから名付けられた。
「塢」とは小さい土手をいう。

この五松塢がある島と南大島(臥龍堂)は、その位置と高さ、古図面に見える高瀬川の旧流路などから、豊臣秀吉が築かせた「御土居」の跡であるという説が、現在では有力になっている。

漱枕居
印月池の西南に位置し、水上にのりだすように建てられている。
漱枕居の名は、旅路にあることを意味する「漱流枕石」の語から採られている。

源融ゆかりの塔
左大臣源融は、嵯峨天皇の皇子であったが源の姓を賜って臣籍に下った。
「源氏物語」の主人公、光源氏のモデルの一人とも言われている。

この塔は源融の供養塔といわれている九重の石塔で、塔身には四方仏が刻まれ、基礎の格狭間と呼ばれる部分には蓮華が彫刻されている。
制作年代は鎌倉時代中期と推定されているが、九重目の本来の笠は失われ、宝篋印塔の笠で代用されている。

渉成園が築造される以前から、このあたりに建っていたと伝えられる。
また、築堤にあたって、宇治にある塔の島の景色を模したともいわれる。
この地に移築されるはるか昔の平安時代、遺構の一部は鴨川河畔にあった源融の邸宅だったという。

しかしながら現在は、歴史学的に見て河原院の位置は七条坊門小路(現、正面通)以北、万里小路(現、柳馬場通)以東であることから、河原院との関係を否定する説が出されている。

入り口付近でホタルブクロを見つけた。

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枳殻邸への行き方・歩き方

枳殻邸公式サイト

所 在 地 :京都市下京区下珠数屋町通間之町東入東玉水町
(075)371-9182(東本願寺)

JR京都駅から徒歩10分
市バス七条烏丸バス亭から徒歩5分
地下鉄烏丸線五条駅から徒歩7分
庭園の入り口は西側にあります。

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