石道寺界隈


石道寺(しゃくどうじ)は、滋賀県長浜市にある真言宗豊山派の寺院。
山号は己高山。 作家井上靖が、小説「星と祭」の中で当寺の観音像の姿を村の若い娘に例えたことで知られる。

主人公である会社社長、架山が、前妻との間にできた17歳の娘を琵琶湖で亡くし、その悲しみの心の変化を描写した小説です。

遺体が見つからないことから、きちんとした形で娘の葬儀すらできないことに悶々としながらも何年も過ぎていくのですが、その間に琵琶湖の十一面観音のことを知ります。

一度、誘われて十一面観音を拝観しに行ったところ感銘を受け、その後も他の十一面観音を訪ねるようになります。

石道寺のよこから鶏足寺(旧飯福寺)に行く石段があります。

旧木之本町の東方にある己高山(こだかみやま、923m)の山頂および西麓一帯には、古代から中世にかけて多くの寺院が建立され、天台系山岳信仰の聖地であった。

石道寺も己高山関連寺院の一つで、もとは現在地よりさらに1kmほど東の山中にあったが、大正3年(1914年)本堂を現在地に改築し、石道観音堂を合併し新石道寺が誕生した。寺は地区住民により管理されている。

與志漏神社

景行天皇の御代 武内宿称勅命により、北陸巡行の折この地にさしかゝり、荒廃殊の外著しく、この原因は大蛇生棲し人畜に危害を及ぼすと聞き、その子波多八代之宿称を招き須佐の男命の神霊を御剣に勧請しこれを討ち給う、これによって難を他郷に避けていた郷人帰農しいたく宿称の徳として、須佐之男命の神霊と併せ祀るに至る。

聖武天皇の御字、行基この地に来錫し、この大神と習合するに己高山に鶏足寺を創建し、当地の傍らに社坊を建立した。

降って桓武天皇の御宇、最澄が鶏足寺の荒廃を再興し「十所権現」と称して鶏足等の鎮守としたが、当社もその内に加えられた。
「世代山戸岩寺」も現存し、天平時代の諸佛を遺し重文となっている。

浅井長政も神田を寄進その奥方お市の方の寄進と伝える屏風一双あり、昭和38年神社境内地に校倉式の収蔵庫を建設して天平佛、鎌倉佛を収蔵した。
明治9年村社に同18年郷社に列し、同42年神饌幣帛料供進神社に指定された。延喜式内社。

滋賀県神社庁

旧岩戸寺の本堂。

後ろには興志漏神社の拝殿と本殿があって、己高閣と世代閣は神社の境内にあるのが分かります。

大きな樹にできた祠に、別の木が生えてきています。
台風で、こちらがわの幹が折れてできた祠だそうです。

山麓の古橋地区の与志漏神社(よしろじんじゃ)境内には薬師堂、大日堂のほか、己高閣(ここうかく)、世代閣(よしろかく)と称する2棟の収蔵庫が建ち、鶏足寺や関連寺院に伝わった仏像などはこれらの収蔵庫にて収蔵・公開されている(指定文化財の仏像の所有者名義は「鶏足寺」となっている)。

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