古民家を訪ねて 日向椎葉の民家(旧椎葉家住宅)

宮崎県日向の椎葉村は、飛鳥白川村や阿波祖谷村と共に、わが国三大秘境として知られています。
移設元旧宮崎県東臼杵郡椎葉村高尾

昭和34年(1959)に移築されたこの民家は、急峻な山の斜面に建てられるため、「竿家造り(さおやづくり)」と呼ばれる併列間取りの細長いつくりをしています。

奥行きが狭く、ドジ(土間)・ウチネ(茶の間)デイ(下座敷)・コザ(上座敷)の各部屋が一列に並んでいる、山村特有の間取りをしています。

一番の上座・コザには神棚・床があり、肥を手にした者はその日一日この部屋に入ることができなかったと言われています。

デイとウチネにはいろりが切ってあり、家族の者はここで寝ます。

囲炉裏では実際に火を焚いています。

唐臼、地面を掘って臼を据え、杵(きね)の一端を足で踏んで穀類などをつく仕掛けのもの。ふみうす。

日本では平安時代の文献にすでに現れているが、一般に普及したのは江戸時代になってからで初め米屋などで米の精白に用いられていたものがのちに農家にも広まり、籾ずりなどにも用いられた。

屋根は下地に筵(むしろ)をかぶせ、この上から茅(かや)で葺(ふ)いています。
寄棟(よせむね)の屋根にはウシと呼ぶ自然木の置千木をのせて、棟押えとしています。

大家族でもないのにこのような大きな家が建てられたのは、12月の夜、神楽を催すためで数日前より忌み清められたデイで演じられます。

コザは楽人、世話人たちの控室になり、ウチエン、ホカエンには村人が家格の順に座って神楽を楽しみました。

この地域は昭和30年に上椎葉ダムが完成し、ダム湖に水没した集落等もあり住環境が変化し離村する家がありました。

この椎葉家もそのような経緯により、熊本県へ転出し、昭和34年にこの地に移築されました。

築年数は江戸時代後期で約150年前に建てられました。

火じり石、中央の穴にT字型の木を取り付け、洗った仕事着などをかけて、いろりの熱で乾かした。
薪を置いたりもした。

うまや

くり抜きの飼い葉おけ、いまではこういうものは見られなくなりました。

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