森の中の家 安野光雅館


「森の中の家 安野光雅館」は、安野さんの描く繊細で柔らかな水彩画の世界に相応しく、森に抱かれてひっそりとたたずむような美術館。

開館は2017年6月23日。

また、安野さんは司馬遼太郎の紀行文集『街道をゆく』の装画も担当しており、おなじみの方も多いと思う。

それは56種類、3万本の木の森の中にある。
当日は、ヤマブキの黄色がまぶしかった。

次に現れる世界への期待を胸に抱かせる美術館に続く長い回廊、周囲の景観に溶け込む杉板張りの外壁、採光の為のわずかな開口部より外の自然を感じながら絵画を鑑賞できる展示室。

和久傳は現在、京都市で料亭を営んでいるが、創業の地は京丹後市峰山町。

女将の桑村綾さん(76)は安野さんの絵をこつこつと集め、丹後に恩返しをしたいと美術館を造った。

設計はお馴染みの安藤忠雄氏、美術館に至るまで、折れ曲がった長居回廊を移動することで、次に現れる世界への期待を胸に抱かせる。

安野さんは、天皇皇后両陛下の本を装丁したご縁から、平成23年(2011)1月から翌年4月にかけて、皇后の御所の庭を訪れ、四季の花々をスケッチする機会に恵まれました。

その写生をもとに制作された水彩画は今までの安野さんの作品とは一味違った世界を見せてくれます。

現在展示中の「御所の花Ⅱ」は130点の作品中の後半の部分を展示。

展示が終わると献上される予定とか、そうなると二度と見れない作品になります。
今のうちの鑑賞をお勧め。

丹後の食材を使う工房レストラン「モーリ」も併設。
多くの人が集う場にし、雇用を創出して地域活性化につなげたいと語っている。

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桜咲く 出石城址


谷山川に架かる登城橋から登城。

今年の桜の見納めとなった出石城址の桜。

出石城の代名詞の感のある本丸西隅櫓。

稲荷郭の高石垣はすばらしい、この時期緑がきれいです。

東隅櫓。

出石城には天守はなく、櫓が四基上げられていた。
そのうち本丸西隅櫓と東隅櫓が現在復興されている。

感応殿は明治時代に仙石氏の旧臣が建立。

祀り神は幕末に藩主であった仙石氏の祖、仙石秀久公。

1604年(慶長9)、小出吉英により有子山城の山上の丸および天守部分が廃され、有子山城山麓の郭および館のみを出石城と命名し幕府に居城として届けた。

それにともない平地に、堀で囲まれた三の丸が築かれ、下郭、二の丸、本丸、稲荷丸が階段状に築かれた。

城主の居館も成り、このとき城下町も整備され、出石の町並みが形成された。

山上の旧有子山城天守は城割は行われなかったが幕府を憚り荒れるに任されたため樹木が生い茂り一見したところ山林となった。
なお、一国一城令により、但馬守護山名氏以来の出石城が但馬国唯一の城郭となっている。

江戸時代は、出石藩の藩庁となり、小出英及が1696年(元禄9)3歳で死去すると小出氏は無嗣改易となった。

代わって松平(藤井)忠周が入城。
1706年(宝永3)忠周が転封となると、仙石政明が入城し、廃藩置県まで仙石氏の居城となった。

江戸末期には仙石騒動がおこっている。

明治時代になり、廃城令で出石城も取り壊されたが、辰鼓楼、堀、石垣などが現存、また隅櫓、登城門・登城橋などが復元され、堀の周囲一帯は登城橋河川公園として整備されて、観光地となっている。

2017年(平成29年)4月6日、有子山城とともに続日本100名城(162番)に選定された。

三の丸には、藩主 の居宅と政務の場所を兼ねた対面所と呼ばれる建物や上級武士の屋敷が 構えられ、周囲を内堀で囲まれていた。

辰鼓楼は、明治4年(1871)旧三の丸大手 門脇の櫓台に建設された。

明治14年 に医師、池口忠恕氏が大時計を寄贈してからは、時計台として親しまれ、今では3代目 の時計が時を刻み続けている。

駐車場より本丸西隅櫓を望む。
緑に包まれ美しい姿を見せる。

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早春の丹波路


野菜の収穫の終わった畑、春の植え付けを待ちます。
向こうで農作業の人がいます。

近づいてみると耕した後の畑で畝づくりをしています。

枯れ芙蓉もすでに種をまき散らした後です。

三田ではいちご狩りを楽しむ。

農業用のため池、逆さ富士はどこでもおなじみの風景。
なにやら春めいた感じがします。

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マコンデの彫刻


マコンデ:タンザニア南東部、モザンビーク北部に居住する民族。

「マコンデ・アート」という木彫りは世界的に有名で長い伝統があります。

もともと自然界の物(動物、人)を彫ったものが多いが、最近はいろいろな形で悪魔を表わした「シェタニ」や伝統的な家族の一体感を表わすファミリー・ツリーが彫られているようだ。

表現法は自然主義的なものから抽象的なものまである。

近畿では北野異人館の山手八番館で見ることができる。

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歴史ある佇まいの洋館 ベンの家


異人館の中でも建築の古さは屈指。

塀、壁、窓枠に至るまで、明治35年建築当時のまま残されている。

かつて英国の貴族ベンアリソン氏の剥製コレクションが所狭しと展示されている。
 
その中には絶滅寸前の貴重な動物や珍獣が多い。 
さながら 「小さな博物館」といった趣で、剥製といえ見ごたえ十分。

ハクトウワシ(白頭鷲) Bald eagle
Haliaeetus leucocephalus 北アメリカ

タカ目タカ科に属する鳥類で、アメリカの国鳥。

全長76-92cmで、翼を広げると2mを上回る大型のワシ。
体色は褐色だが、肩から頭にかけての部分が白くなっているのが大きな特徴となっている。

幼鳥は全身が褐色の斑点で覆われ、成長と共に頭部の白さがはっきりとしてくる。

オオワシ
日本で一番大きなワシともいわれ、全長オス88センチメートル、メス102センチメートル。

翼長オス56-65センチメートル、メス60-65センチメートル。

翼開張220-250センチメートル。尾羽は長い楔形。尾羽の枚数は14枚。

全身の羽衣は黒や黒褐色で、頭頂から頸部を被う羽毛は羽軸に沿って白い斑紋(軸斑)が入る。
尾羽は白い。

飛翔時には翼後縁部が膨らんで見える。翼は黒や黒褐色。

世界最大のシカ「ヘラ鹿」の巨大な頭部、800キロを超えるムース、3メートルの北極熊などには圧倒されてしまいます。

他にも、アメリカの国鳥に登録されている「白頭鷲」、鯨の仲間「イッカク」の牙のような歯、銀白色の特異な巨体の「ヌー」などの姿にも迫力を感じます。

日本には生息しない珍しい動物の剥製が、館内にぎっしりと詰まっています。

ベンが世界各国を駆け巡って射止めた動物です。
ベンは日本に邸宅を構えながら、落ち着いて日本で生活をしていたわけではなさそうです。きっと危ない目に何度も遭ったことでしょう。

剥製の展示の中には冒険家魂が漲っているように思えます。中には絶滅危惧種と思しき動物もちらほら見かけます。ワシントン条約ができる前に仕留めたのでしょう。

リンクス

美しく厚い毛に覆われているおかげで、非常に寒い冬の間でも体が冷えることがありません。

大きな足の裏も毛で覆われており、指を広げながら地面に足を下ろすときには雪靴の役割も果たしています。

雪の上でも楽にジャンプできるため、行動範囲が広く1晩で40km移動することもあります。
天敵はピューマなどのより大型のネコ科動物。

冒険家らしいベンの部屋。

すっかり日も傾いてきました、そろそろ引き上げようか。

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シャーロック・ホームズでおなじみ英国館


ホームバーとして使われていた重厚なカウンターを利用して、17時からは英国式バーが開店。

バータイムには、併設のイングリッシュガーデンがライトアップされます。

イギリスで良く飲まれるエールビール、ギネスビール、ウイスキー、映画のタイトルにちなんだカクテルもありとても優雅で落ち着いた雰囲気の中お酒を楽しめます。

2Fはシャーロック・ホームズの世界。

英国の作家コナン・ドイルの推理小説「シャーロック・ホームズ・シリーズ」(全60編)は1887年発表以来、現在もなお世界中の多くの読者に愛され続けています。

中でもシャーロキアンと呼ばれる熱狂的なファンはシリーズを「正典」として、実在の事象としてその研究をしています。

世界で最も有名な英国人シャーロック・ホームズは友人であり相棒のワトスン医師とロンドンのベーカー街221B番地の下宿で共同生活をしていました。

英国館では2007年に築後100周年を記念して「日本シャーロック・ホームズ・クラブ」の助言を得て、シリーズ20作目『マスグレーヴ家の儀式書』(1893年発表)の作品中の描写に基づいて出来るだけ忠実に名探偵シャーロック・ホームズの部屋を館内に再現した。

ヴィクトリア朝時代のロンドン、怪しげな下宿の一室…ホームズのトレードマークのインバネスケープ(マント)とディアストーカー(帽子)を用意していますので、着用して名探偵になりきって記念写真をお撮り下さい。

庭にはシャーロック・ホームズ生誕160周年を記念するブロンズ像や模擬「ベーカーストリート駅」など遊び心いっぱいの撮影ポイントがあります。



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洋館長屋


旧ボシー邸、仏蘭西館とも。重要伝統的建造物群保存地区「北野町山本通」を構成する洋館の一つで、「ひょうごの近代住宅100選」に選定される。

1908年、旧居留地に外国人向けアパートとして建設され、後年北野町の北野通りに面した現在地に移築された。

通りに面して左右対称の2棟が中央で連結し、連結部の階段の左右に入口が設けられている。

その洋館として一風変わった外観が日本の長屋のようであることから、「洋館長屋」と呼ばれるようになった。

館内装飾は仏蘭西館の名の通りフランス色で統一され、アール・ヌーヴォーを代表する作家エミール・ガレやドーム兄弟らのガラスアートの佳作をはじめ、エコール・ド・パリのシャガールや藤田嗣治の絵画、ナポレオン時代のピアノや、草創期のヴィトンのトランクなどが展示されている。

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風見鶏の館


1904年(明治37年)にドイツ人貿易商の住宅として建てられた西洋館(異人館)で、重厚な煉瓦造りの外観と、屋根上の風見鶏を特徴とする。

その風見鶏により風見鶏の館と呼ばれ、また当初の居住者の名から旧トーマス邸、旧トーマス住宅とも呼ばれる。
国の重要文化財に指定されている。

トーマス家では1914年(大正3年)、一人娘のエルゼ・トーマスをドイツ本国の上級学校に進学させるために、休暇を兼ねて一家三人でドイツへ一時帰国中だった。

その時勃発した日独戦争(第一次世界大戦)により日独が戦争状態に陥り、結果、一家は神戸の自邸への帰還ができなくなるという悲劇が起きた。

トーマス家では、館は敵性資産として没収されたと伝えられていたが、登記簿上では、戦争中に売買された形にされている。

1階食堂

1階応接室

1階書斎

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元ハンターシャープ氏の邸宅 萌黄の館


この建物はその色から「白い異人館」と呼ばれていたが1989年に、1987年からの半解体修理で明らかになった創建時の外壁の色”萌黄色”に変更され、以後愛称は「萌黄の館」となった。

明治36年(1903年)アメリカ総領事ハンターシャープ氏の邸宅として建築された。

その後ドイツ人から1944年小林秀雄(神戸電鉄社長)が取得して1978年まで居住していた。

そのため1980年に「小林家住宅(旧シャープ住宅)」という名称で重要文化財に指定された。

なお、建物だけでなく宅地803.6平方メートルも併せて重要文化財の指定を受けている。

木造2階建て、下見板張りの異人館で、2つの異なった形のベイ・ウインドー(張り出し窓)を始め、アラベスク風模様が施された階段、重厚なマントルピースなど、贅沢な意匠が随所に見られる。

2階のサンルームからは、神戸の美しい街並みが楽しめる。

著名な風見鶏の館の西に位置する建物は、風見鶏の館の重厚なネオ・バロック様式に対し、軽快な典型的コロニアル様式の2階建て建築である。

装飾の基本はバロック様式で、2つの異るデザインのベイ・ウインドーやモザイク装飾の階段など随所に贅沢な意匠が見られ、また日本の様式も散見される。

1995年の阪神・淡路大震災では3本の煙突がすべて崩落し外壁に亀裂が生じるなどの大きな被害を受けたが、1年をかけて復旧された。
庭園の一角には落下した煙突がそのままの姿で展示されている。



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神戸で最初に公開された異人館 うろこの家


「うろこの家(旧ハリヤー邸)」は、神戸で最初に公開された代表的な異人館。

インテリアも昔のままに、完全な状態で保存されている全国でも数少ない洋館で、貴重な文化遺産として、国の登録有形文化財に指定されている。

さらに、兵庫住宅百選にも指定されている伝統的な建築物。

以前、中央の円筒形の塔部は、2階から螺旋階段で3階の塔屋へと続いていました。

その展望室から貿易商は彼らの貨物を積んだ船の入出港をウォッチしていたそうです。

神戸港を出港する船を見送りながら航海の安全を祈り、時には海の彼方の故郷へ思いを馳せたことでしょう。

猪の鼻を撫でると幸運に恵まれるジンクスが古くから伝えられているカリドンの猪(愛称ポルチェリーノ)

外国人のための高級な借家として、居留地に明治18年に外国人設計者により建築されたと伝えられています。

外国人が居留地から北野町へ移り住むようになり、それに伴って、六甲山麓の緑が迫る、ひときわ高い現在のこの地に明治38年に移築されました。

最後の住人は明治33年に来日したドイツ教師E・ハリヤー氏の子息R・ハリヤー氏となっています。

アール・ヌーボーの花形作家『エミール・ガレ』のガラス工芸品、ティファニーランプ『マイセン』のアンティークドール、カップ、皿。

天然石のスレートで覆われた建物の外壁が魚のうろこに似ていることから「うろこの家」と愛称で呼ばれ、親しまれています。

スレートとは、粘板岩と言われる堆積岩の一種で、日本では瓦や硯などに古くから使用されている天然石です。

建物を覆うスレートの枚数は約3000枚とも言われています。

「ソクラテスの灯」A・レイチェル 18c フランス

うろこ美術館は、「うろこの家」の姉妹館として1982年に開館。

ヨーロッパの近・現代絵画の名作を幅広く収集して展示している。

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