法金剛院 早朝拝観


今年も早朝を狙って出かけたのですがJR神戸線で線路内に人が立ちいったということで大幅な遅れ。

予定より30分以上遅れてしまった。

7時30分の拝観開始だが撮影に入ったのは8時過ぎ。

おまけに出かけるときカメラのチェックを怠り、セットされていたレンズは24-70、全くドジなことだ。

救われたのは105mmマクロを持参していたこと。

お寺の建物などを借景にと考えていたのだが・・・・

開花するのは早朝で、特に見頃は午前7時〜9時頃、そして10時前には再び花は蕾に戻っていってしまい、お昼には花が閉じてしまう。

皆さんとジナ話は色々とあるようで藤原京にハスの撮影に行った人の話。

畝傍山を借景にというのはいいが、夕日を絡めての撮影を考えていたようだ。

しかし、この時期、日の入りは7時過ぎ、とてもではないが炎天下でそれまで待てない、バスの時間も気になる・・・・

とんだ「トラたぬ」をやらかしてしまったと笑っていた。

花托の撮影やら

ハスの葉のロータス効果やら結構楽しんだ。
結局10時ごろには人がほとんどいなくなっ。

寺は待賢門院(1101年 - 1145年)により再興され、名称を法金剛院と改めている。

待賢門院は藤原氏の出身で、鳥羽天皇の中宮であり、崇徳天皇、後白河天皇の母。

青女の滝(せいじょのたき、国指定特別名勝)は日本最古の人工の滝とされる。
待賢門院の発願により林賢と静意の作と伝わる。

待賢門院(藤原璋子)の墓が、寺院の北にある墓地にあるが、明治以降は寺から切り離されて宮内省(現・宮内庁)の管理する「鳥羽天皇皇后璋子 花園西陵」となり、陵への現在の参道は寺院とは丘の反対側の北側からとなっている。

ところで待賢門院にふられた西行の話は有名。
障子が出家して待賢門院となる頃には、かつての義清も出家し、西行となっていました。
お互いに出家した後も、2人の交流は続いてた様で、待賢門院の従者である堀川局と西行が交わした和歌が残っています。

尋ぬとも 風の伝にも 聞かじかし

花と散りにし 君が行方を   西行

(尋ねても風の便りにも聞くことができない、

 花のように散ってしまった待賢門院の行方は)

吹く風の 行方知らする ものならば

風と散るにも 遅れざらまし   堀川局

(吹く風が行方を知らせてくれるのならば、

 遅れずに後をついていくのに)

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祇園女御供養塔~芭蕉堂~西行庵~石塀小路
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