あかの街備中吹屋

吹屋ふるさと村
昭和49年には岡山県のふるさと村に認定され、昭和52年には文化庁から国の重要伝統的建造物群保存地区の認定を受けました

高梁市立吹屋小学校
20世紀初頭に竣工した校舎は岡山県の重要文化財に指定されており、現役で使用されている日本最古の小学校校舎としても著名な観光スポットであったが、2010年度現在の在籍児童数は6人と少なく、今後も入学者が増加する見込みの立たないことから、市教育委員会によって、2011年度末での廃校が決定された
NHK連続テレビ小説「カーネーション」では、小原糸子が通う岸城尋常小学校のシーンの撮影に使用された。(外観のみ)

吹屋の町並み(吹屋中町商家 元長尾邸)
町並みはベンガラの赤茶味であるが、屋根瓦の赤味はベンガラでなく石州瓦と言われる石見瓦(塩田瓦)である。
寒さに強いように釉薬(塩を大量に)をかけた瓦である。

吹屋の町並みの商家(吹屋中町商家 醤油屋 )
吹屋の特異な点は、個々の屋敷が豪華さを競うのではなく、旦那衆が相談の上で石州(今の島根県)から宮大工の棟梁たちを招いて、町並み全体が統一されたコンセプトのもとに建てられたという当時としては驚くべき先進的な思想にあります。

標高550mの山嶺に江戸時代から明治にかけて中国筋第一の銅山町に加え、江戸後期からベンガラという特産品の生産がかさなり、幕末から明治にかけて「ベンガラの町」として全国に知られました。

町並みの旧街道沿いに、ベンガラ格子に赤銅色の石州瓦、妻入りの切妻型、平入り型式等が印象的な風情たたずむ商家・町屋が立ち並んでいます。
(国選定重要伝統的建造物群保存地区)

ベンガラ館
ベンガラは江戸中期(宝永4年、1707年)全国で初めて吹屋で生産されて以来、江戸後期、明治、大正と大いに繁昌を続け、吹屋の町並みの基礎を作りました。
明治の頃のベンガラ工場が当時の姿に復元されたもので、製造工程などを知ることができます。

明治時代の弁柄工場

弁柄の原料及び製造の始り
原料は緑著(ローハ)と云い、銅鉱採掘時銅鉱脈の近くで産出するので「銅近」ともいう。

笹畝坑道
この坑道は江戸時代から大正時代まで採掘されたもので黄銅鉱、硫化鉄鉱を産出していました。
昭和53年に復元し、坑内を見学できます。

青く光る銅の鉱脈

硫化鉄鉱の鉱脈。この鉱物から鉄はもちろん硫酸もつくる。

銅鉱山の露頭です。
ここもこれを発見してからここから堀進んでいった。
そして大規模な銅鉱山に発展した。

広兼邸
広兼氏は大野呂の庄屋で、同家2代目元冶が享和・文化の頃小泉銅山とローハ(ベンガラの原料)製造を営み巨大な富を築き、徳川末期に建てられた主屋・楼門・城郭にまがうばかりの石垣は、今もそのままに当時の富豪を偲ばせています。

城郭のような雄大な石垣と母屋・土蔵3棟・桜門・長屋は江戸時代の文化10年(1810年)に、離れは大正時代に建設された。
敷地は781坪(2,581平方メートル)、母屋は98坪(323平方メートル)に及ぶ。 庭園には水琴窟が設置されている。

江戸時代後期に小泉銅山とローハ(緑礬・硫酸鉄=ベンガラの原料)製造を営み巨大な財を成した大野呂の庄屋広兼家2代目の元治が建てた巨大な邸宅。
1977年の松竹映画『八つ墓村』などの映画のロケ地としても知られる。

手前が、「下男部屋」奥が「番頭部屋」です。この部屋には、床の間があります。
下男・番頭部屋の奥には、下女部屋・馬小屋や牛小屋・厠などが、長屋のように並んでいます。

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吹屋への行き方歩き方

■住 所:高梁市成羽町吹屋
■電 話:0866-29-2222(成羽町観光協会吹屋支部)
■駐車場:35台(バス5台含む)

備中高梁駅隣接備北バス吹屋ふるさと村行定期バスで50分、JR川面駅からも乗車できる。

◆国道313号線高梁市阿部から北進し「かぐら街道(看板あり)」に入り吹屋ふるさと村道路案内版に従って下さい。
◆国道180号線高梁市川面から「かぐら街道(看板あり)」に入り吹屋ふるさと村道路案内版に従って下さい
◆国道313号線高梁市川上町川合三叉路から県道を新見方面に北上し、高梁市備中町田原より、「かぐら街道(看板あり)」に入り吹屋ふるさと村道路案内版に従って下さい。
◆国道313号線高梁市川上町川合三叉路から県道を新見方面に北上し、高梁市成羽町坂本より、吹屋ふるさと村道路案内版に従って下さい。

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