神社仏閣

京都府

弥勒の微笑が迎える太子ゆかりの寺 広隆寺

弥勒菩薩で有名な広隆寺を訪れた。この寺の名称は、古くは蜂岡寺と云い、また秦寺、秦公寺、葛野寺、太秦寺などと云われたが、今日では一般に広隆寺と呼ばれている。広隆寺 (こうりゅうじ)は、京都市右京区太秦(うずまさ)にある寺。宗派は真言宗系単立。...
京都府

京都珍三鳥居 木嶋坐天照御魂神社

木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)は京都市右京区太秦にある神社である。式内社で、旧社格は郷社。祈雨の神として信仰を集めている。社殿を包むように巨樹が繁茂している木嶋神社。木嶋神社の前を通る太子道。関西には、ほかにも「...
京都府

大田垣蓮月が眠る西方寺

西方寺は来迎山と称する浄土宗の寺院です。正式名を大船院西方寺といい、五山送り火の一つ、舟形と縁を持っています。8月16日の夜に舟形の火が落ちた後、この寺で鉦や太鼓を使って念仏を唱えるという六斎念仏(重要無形文化財に指定)が行われる。また、こ...
京都府

太田垣蓮月隠棲の地神光院

才色兼備な陶芸歌人太田垣蓮月尼が晩年隠棲したといわれる西賀茂の神光院(じんこういん)を訪れた。正面門前の参道は、新緑・紅葉・桜と楽しめます。またこちらは「厄除け大師」として知られています。5月中旬~6月中旬 花菖蒲(はなしょうぶ)8月上旬 ...
京都府

悲運の歌人 屋越の蓮月こと 大田垣蓮月

屋越の蓮月こと 大田垣蓮月時代祭の江戸女人行列で有名な大田垣蓮月だが、その悲劇的な人生は意外と知られていないのではないだろうか。蓮月が非常な美人であつたといふことはあまりによく知れ渡つている事実である。しかし、初めて髪をおろした頃のその美し...
滋賀県

華麗な曳山が「コンチキチン」 大津祭

琵琶湖の西南に位置する大津市で、湖国三大祭のひとつ、滋賀県無形民俗文化財の『大津祭』が行われた。大津祭は、天孫神社の祭礼です。江戸時代初め、鍛冶屋町の塩売治兵衛が狸の面をかぶって踊ったのが始まりとされます。天孫神社前に勢ぞろいした13基の曳...
東北

臨池伽藍跡と浄土庭園 毛越寺

毛越寺は中尊寺と並び平泉町を代表とする寺院で、国特別史跡と特別名勝に指定されている。「吾妻鏡」によると慈覚大師円仁が開山し、主に藤原氏二代基衡、三代秀衡が再興し伽藍の造営にあたった。寺名の詠み毛越寺はモウツウジと詠みます。通常、越という字を...
東北

藤原三代栄華の跡 中尊寺

中尊寺は天台宗の東北大本山。創建は嘉祥3年(850)に慈覚大師円仁によって開山されたとされる。その後奥州藤原氏初代の清衡が長治2年(1105)から中尊寺の再建に着手し、天治元年(1124)に金色堂が竣工、基本的な伽藍が完成したのは21年後の...
九州

弘法大師空海が唐から帰国して初めて護摩を焚いた 最教寺

当寺がある場所は日本に真言宗を伝えた弘法大師空海が唐から帰国して初めて護摩を焚いた所と言われ、真言宗に帰依していた鎮信はこの地に寺院の建立を思い立った。しかし、当時この場所には曹洞宗の勝音院という寺院があり、鎮信は移転を要望したが住職の竜呑...
京都府

美醜の魔界を詠んだ謎の女流歌人小野小町

隨心院が所在する小野は小野氏の一族が栄えたところである。宮中で仁明天皇に仕え歌人として知られる小野小町もこの地の出で宮中を退いて後も過ごしたとされる。隨心院には小町の晩年の姿とされる卒塔婆小町像を始め文塚、化粧の井戸などいくつかの遺跡が残る...
京都府

陰陽師・安倍晴明の神秘は不滅

もともとは、修験道の祖とされる役小角(えんのおずの)などを生んだ賀茂氏が取り仕切っていたが、賀茂忠行が出て、その弟子の晴明が活躍するに及んで、以後、賀茂家と安倍家で公家貴族社会の陰陽道の地位を独占し続けた。後世、晴明の子孫が繁栄を極め、賀茂...
京都府

悪縁を切り良縁を結ぶ 安井金毘羅宮

安井金毘羅宮にお詣りすれば、酒・たばこ・ギャンブルから男女の悪縁に至るまであらゆる断ち物に成功するという。こうした縁切り・物断という珍しい後利益の由来は、実は祭神崇徳上皇のパワーから生じている。本殿/中央に崇徳天皇が祀られている主祭神の崇徳...