歴史を訪ねる旅

京都府

王朝人も歩いた「千代の古道(ふるみち)」を辿る

以前から気になっていた千代の古道(ふるみち)、仁和寺を訪れたついでに足を延ばしその一部を歩いてみた。平安京ができる前から宇多野・嵯峨野へと通じた古道。都人たちがこの道を通ってお月見に出かけたともいわれ、観月の名勝地、大沢池を眺めながら、いに...
奈良県

奈良のパワースポット 與喜天満神社

長谷寺を訪れたらまず、與喜天満神社(よきてんまんじんじゃ)へ。與喜山(国の天然記念物)中腹に鎮座する與喜天満神社は、長谷寺の鎮守・地主の神様です。與喜山は、古くは大泊瀬山と呼ばれ、古代大和の国では最初に太陽の昇る神聖な山としてあがめられた。...
九州

福岡市立博物館

展示品・収蔵品は漢倭奴国王印(金印)や福岡県民謡黒田節にも謡われている天下三名槍の「日本号」をはじめとして、博多・福岡との関連性の強い歴史的資料が中心である。主に福岡市内の遺跡から発掘された遺物や旧福岡藩主黒田氏伝来の所蔵品が多い。正面入口...
九州

九州国立博物館 始皇帝と兵馬俑展

始皇帝と兵馬俑展を見ようと福岡まで出かけた。展示は撮影禁止でお見せできないのが残念だが約2200年前のものと思えない内容に感激。九州国立博物館は、大宰府天満宮の敷地の裏にあります。是非、博物館を見た後は大宰府天満宮にもお参りをしてみて下さい...
奈良県

黒塚古墳

黒塚古墳(くろつかこふん、くろづかこふん)は、奈良県天理市柳本町にある前期(3世紀末頃)前方後円墳。33面の三角縁神獣鏡が出土したことで有名。全長約130メートルの前方後円墳で、後円部径約72メートル、高さ約11メートル、前方部長さ約48メ...
奈良県

箸墓古墳

箸墓古墳は宮内庁により「大市墓(おおいちのはか)」として第7代孝霊天皇皇女の倭迹迹日百襲姫命の墓に治定されている。また周濠の一部は「箸中大池」としてため池百選の1つに選定されている。左が後円部、右が前方部。クビレ部から前方部の端に向けて勾配...
奈良県

纒向遺跡

纒向遺跡または纏向遺跡(まきむくいせき)は、3世紀に始まる遺跡で、一帯は前方後円墳発祥の地と推定される。邪馬台国の中心地に比定する意見もあり、卑弥呼の墓との説もある箸墓古墳などの6つの古墳を持つ。纒向石塚古墳奈良県桜井市太田字石塚に位置する...
奈良県

古代ロマン 卑弥呼の大和 唐古・鍵遺跡

唐古・鍵遺跡(からこ・かぎ・いせき)は奈良盆地中央部、標高約48メートル前後の沖積地、奈良県磯城郡田原本町大字唐古及び大字鍵に立地する弥生時代の環濠集落遺跡。卑弥呼の出生地とする説もある。現段階の調査で認知されている遺跡面積は約30万平方メ...
京都府

大山崎町 宝積寺界隈

丘陵地が平野に近く迫り、そのふもとに桂川と宇治川、木津川の合流点が位置するため、山崎は古来から交通の要地であった。明智光秀を豊臣秀吉(当時は羽柴秀吉)が破った山崎の戦いは天王山山麓で行われた。この故事から雌雄を決することや勝負の分かれ目のこ...
京都府

天下分け目の天王山 山崎の戦い

山崎は京都への圧力と、防備、外圧を防ぐ両面を持った地で、古来より何度か戦場となっている。天王山登り口、山崎宗鑑・冷泉庵跡の案内が建つ。「天下分け目の天王山」の幟が翻る。天正10年(1582年)6月、本能寺の変後、中国大返しで中国地方から畿内...
京都府

山崎城跡 秀吉の居城

山崎の戦い後、大坂城が築城するまで豊臣秀吉が山麓にある宝積寺も含めて本拠地としていた。別名「天王山宝寺城」や「天王山城」とも呼ばれている。青木葉谷展望台 (あおきばだにてんぼうだい) は、天王山頂への登り道の七合目付近にある。展望台は、その...
九州

筑紫君磐井の祖父の墓か石人山古墳

石人山古墳(せきじんさんこふん)は、福岡県八女郡広川町一条に所在する前方後円墳筑紫君磐井の祖父の墓と推定される。またかつては筑紫君磐井の墓に比定されていた。石室前の石人社には、国の重要文化財で古墳の名前の由来でもある武装石人が一体、石室側に...