歴史を訪ねる旅

奈良県

宇陀松山のまちなみ散策

旧宇陀郡松山町。宇陀松山とも呼ばれる。江戸時代、宇陀松山藩の陣屋町として栄え、現在もその風情を残しており、一部が国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されている。宇陀松山城の西側の地区は古代は阿騎野と呼ばれた宮廷の狩猟場であった。現在の街...
奈良県

元伊勢とも伝わる、古社 阿紀神社

宇陀の神武東遷ゆかりの地、元伊勢「阿貴宮」の唯一の比定地 神宮元宮。崇神天皇60年2月15日、ヤマトヒメはアマテラスを奉じて当地に参り、「宇多秋志野宮」を営んで4年間奉斎した。当社は元伊勢「宇多秋宮(阿貴宮)」の唯一の比定地。神社から川ひと...
奈良県

万葉集と古代史の謎を訪ねて 阿騎野

現在県宇陀郡大宇陀町を中心としたこの一帯は、飛鳥時代には菟田の「阿騎野」と呼ばれ、大和朝廷の御狩場の一つがこの地におかれていた。初夏を迎える5月になると、皇族たちや朝廷の高級官吏たちがこの地で薬猟(くすりがり)を楽しんだ。中山正實画伯の壁画...
和歌山県

有間皇子悲劇の地 藤代坂を訪ねる

熊野古道の一丁目地蔵丁石地蔵と云って、1丁ごとにあります。悲劇の皇子、有間皇子遺跡にさしかかる直前にある。そこには悲劇の皇子、有間皇子の墓碑と、皇子が詠んだ歌碑が建つ。家にあらば 笱けに盛る飯いいを 草枕 旅にしあれば 椎の葉に盛る 有馬皇...
和歌山県

万葉集と古代史の謎 和歌浦逍遥

神亀元年(724年)2月に即位した23歳の聖武天皇は、同年10月に和歌の浦に行幸、雑賀野に離宮を営んだ。神亀元年(724年)2月に即位した23歳の聖武天皇は、同年10月に和歌の浦に行幸してその景観に感動、この地の風致を守るため守戸を置き、玉...
和歌山県

妹山背山万葉の里

古代の万葉人は大和から紀伊の国を目指して真土山を過ぎ、背山を越えて、南海道の草枕の旅をひたすら歩きました。都は山に囲まれているため、人々は海の景色に憧れて、潮風の海岸線をたどりながら、白浜温泉へ向かいました。優しく寄り添うように美しい姿を見...
京都府

平清盛を取り巻く女性たち

激動の人生を送った平清盛だが、彼をとりまく女性たちもそれぞれ波乱に満ちた人生を送った。祇園女御供養塔~芭蕉堂~西行庵~石塀小路清盛ゆかりの地を訪ねようと八坂神社、六波羅蜜寺、六道珍皇寺、円山公園一帯を散策した。冬の京都はゆっくり散策するには...
和歌山県

万葉集 古代の謎 真土山 飛び越え石

平城京から真土山までは2日、飛鳥・藤原京からは1日の行程で、ここまで来た旅人は、眼下に広がる紀の川を眺め、紀伊の国に入ったことを実感したのであろう。真土山(まつちやま)「は奈良県と和歌山県の県境に位置する山のことであるが、「歌枕歌ことば」(...
奈良県

間人皇后の宮殿か 中宮寺

中宮寺は、法隆寺に隣接する、聖徳太子ゆかりの寺院。宗派は聖徳宗に属す。山号を法興山と称し、本尊は如意輪観音、開基(創立者)は聖徳太子または間人皇后とされている。表御殿 - 江戸時代後期建立の書院造。登録有形文化財。本堂、昭和43年に高松宮妃...
北陸

江戸時代の遊郭の面影 三丁町

三丁町(さんちょうまち)は小浜市の小浜香取地区にある江戸時代に栄えた遊廓で、今も古い家並みが残っている。福井県内に残る数少ない花街であり、今も芸妓を抱えている料亭もある。千本格子の家々が軒を連ね芸妓の三味線の音が流れ、情緒豊かな通りが残って...
北陸

若狭国一宮 若狭彦神社・若狭姫神社

上社・下社の2社からなり、上社(小浜市龍前)を「若狭彦神社」、下社(小浜市遠敷)を「若狭姫神社」という。別称として郡名から「遠敷明神」とも呼ばれる。若狭彦神社2の鳥居代わりの2本の老杉。元々は上社が祭祀の中心であったが、室町時代ごろから下社...
北陸

元正天皇の勅願 羽賀寺

小浜市羽賀にある高野山真言宗の寺院。山号は本浄山。本尊は十一面観音。霊亀2年(716年)に、元正天皇の勅願によって創建されたと伝えられる。「本浄山羽賀寺縁起」によれば、霊亀2年(716年)に、元正天皇の勅願によって行基が創建したとされる。か...