四国

耕して天に至る 日本のマチュピチュ 遊子水荷浦

土佐久礼で朝日の撮影を終え、四万十川を一路西へ。最後の訪問地、遊子水荷浦へは4時間強の遠距離です。旅行社もあまりの長距離に企画を却下したという、この撮影行は写真家竹下氏の熱意で実現した。トイレ休憩の地、「道の駅 四万十 とおわ」川霧の見事さ...
兵庫県

村上帝社 謡曲「絃上」(げんじょう)(玄象)伝説の地

明帝として仰がれるとともに、和歌や楽曲などの文化振興にも努められた村上天皇を祀る。后妃は陽気な嫉妬で有名な藤原安子気づかずに通り過ぎてしまいそうな小さなお社です。平安時代末期、琵琶の名人であった藤原師長は唐に渡って琵琶の奥義を極めたいと思い...
兵庫県

鎮守稲荷神社 平経俊の五輪塔

わずか半年ながら、神戸の福原に遷都した平清盛。清盛が描いた夢の跡をたどってみた。今回は平経俊の五輪塔のある鎮守稲荷神社。JR神戸駅から国道2号線沿いに西へ5分ほど歩いたところに、地元の人々から「ちぢみさん」の愛称で親しまれている鎮守稲荷神社...
兵庫県

東福寺 清盛寄進の七堂伽藍

わずか半年ながら、神戸の福原に遷都した平清盛。清盛が描いた夢の跡をたどってみた。今回はかって清盛が七堂伽藍を寄進したという東福寺。東福寺は平野地区では最も古い寺である。平清盛は福原遷都で雪御所を造営する際に雪御所が完成するまで祇園神社の裏山...
兵庫県

氷室神社 平通盛 小宰相惜別の地

わずか半年ながら、神戸の福原に遷都した平清盛。清盛が描いた夢の跡をたどってみた。今回は平通盛 小宰相惜別の地 氷室神社。平安時代の末期、付近には、清盛の異母弟である平教盛(たいらののりもり)の山荘があり、これが後白河法皇が幽閉された萱御所だ...
四国

久礼湾のだるま朝日に挑戦

今回のだるま夕陽撮影行も三日目、最後の日です。今日だるま朝日を求めて土佐久礼の海岸にやって来ました。双名島の沖から昇る朝日を捉えようと赤灯台の右側にポイントを置いて待つ。しかし、水平線あたりの雲が気になる。冬の風物詩、気嵐が美しい。久礼湾は...
四国

咸陽島に沈むだるま夕陽は見えなかった

だるま夕陽を撮ろうと高知へ来て二日目、やっと夕日と出会えることとなったが・・・・・宿毛湾の冬の風物詩である「だるま夕日」は、11月中旬から2月中旬にかけての期間中わずか20回程度しか観ることができません。し かも綺麗な「だるま」になるのはそ...
四国

地質の博物館 竜串海岸

第3紀層砂岩を波と風がえぐってできた大竹小竹、蛙の千匹連など地質の博物館といわれる珍しい岩礁風景がある。名の由来は不明であり、竜を串刺したような景観から名付けられた説やアイヌ語に因む説、臥竜山の竜臥(たつふし)が転訛した説、など諸説が立てら...
四国

絞め殺しの木 松尾のアコウ

アコウは、絞め殺しの木の仲間として知られる。全体として幹のように見えるものは、実は気根の集合体である。先端が地に着くと、そこで毛細血管のように分岐して地面を掴む。一部が板根のようにもなっている。国天然記念物「松尾のアコウ」に会うため、県道2...
四国

四国最南端の足摺岬

北緯32度43分24秒、東経133度1分12秒。付近にはこれより低緯度にも小島が散在し、四国本島としても、長碆(ながはえ)地区等の存在から、実際にはわずかに四国最南端ではないが、一般には四国最南端の地(岬)として認識されている。足摺岬灯台、...
四国

再び 勝間沈下橋

早朝撮影が中止になり、再び勝間沈下橋。四万十川の朝霧を狙ったのだが。自然相手の撮影は中々思うようにいかず、川霧は見られなかった。青空が広がりつつあり、今日いよいよ念願のだるま夕陽が撮れるかな。平成11年に高知県が行なった全国調査では、高知・...
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中村 早朝散策

最初から予定の狂ってしまった「だるま夕陽」撮影の旅、今日の泊りは新ロイヤルホテル四万十翌朝は道の駅ビオスおおがた周辺の早朝撮影の予定だか、この天候では変更せざるを得ないだろう。翌朝、中村の街を早朝散策、なんとか雨も上がっている。中村城跡とは...