近畿

奈良県

春を呼ぶ修二会のお松明 東大寺2月堂

修二会の本業が始まりました。二月堂の本尊は十一面観音なので、「十一面観音悔過会」とも呼ばれます。「悔過会」と は、罪を懺悔することによって本尊の力にすがり、目的をかなえてもらうという法会です。14日間のうちの一日の、それも「お松明」と呼ばれ...
京都府

竹送りの寺 国宝十一面観音を拝む 大御堂観音寺

京都府京田辺市の『観音寺(大御堂)』は、奈良時代に、天武天皇の勅願により法相宗の僧・義淵が創建。さらに、聖武天皇の勅願により良弁が伽藍を整え「普賢教法寺」と号し、十一面観音立像を安置。法相・三論・華厳の三宗を兼ねた大寺で、「筒城の大寺」と呼...
滋賀県

てんびんの里五個荘 商人屋敷めぐり

古来より交通の要衝で、古代には東山道、近世には中山道や御代参街道(伊勢道)が通り、現在も国道8号と東海道新幹線が町中央部を横断している。その利点を活かして、中世以降近江商人発祥地の一つとして発展。特に江戸時代後期から昭和初期にかけて多くの商...
滋賀県

私費で建設した明治天皇行在所 慶雲館

明治20年、明治天皇の長浜行幸に際し、当地の富豪・浅見又蔵氏が行在所として急遽建設しした。明治天皇・昭憲皇太后夫妻が京都を発った当日朝の時点では、建設工事の後かたづけも終わっていなかったという。夫妻は同日13時前に長浜港に到着し、同館で昼食...
奈良県

お里沢一の霊蹟 壺阪寺

本尊十一面観音は眼病に霊験があるといわれ、お里・沢市の夫婦愛をうたった人形浄瑠璃『壺坂霊験記』の舞台としても有名。園内には養護盲老人ホーム慈母園がある。投身の谷の上に立つお里澤市の像。壺阪霊験記で知られている盲目の沢市が使用したとされ、古く...
奈良県

筒井家の本拠 高石垣の城 郡山城

平山城または平城として明智光秀や藤堂高虎らが普請に携わり、筒井順慶や羽柴秀長らの主導によって改修された。主な城主は筒井氏、豊臣氏、水野氏、柳沢氏鉄御門跡本来ならばこの斜め向かいにもうひとつ石垣があり、その上に櫓が建っていた。奈良盆地を一望す...
滋賀県

天智天皇勅願所 繖山 桑實寺

天智天皇勅願所 繖山(きぬがさやま)桑實寺(くわのみでら)標高433メートルの繖山(観音寺山)の中腹にあり、西国三十三箇所観音霊場の32番札所である観音正寺へと登る途上に位置する。寺伝では、天智天皇の四女、阿閉(あべ)皇女(元明天皇)の病気...
京都府

大阪と京を結んだ水陸の要所 淀城

淀は「与渡津」(淀の港の意)と呼ばれ、古代には諸国からの貢納物や西日本から都に運ばれる海産物や塩の陸揚げを集積する商業地であった。また、河内国・摂津国方面や大和国方面から山城国・京洛に入る要衝であった。寛永10年(1633年)松平定綱が大垣...
大阪府

キリシタン大名高山右近の高槻城

室町時代は入江氏の居城であったが織田信長に滅ぼされ、その後和田惟政、次いで高山右近が城主となった。天正元年(1573年)からは本格的な城塞が築かれた。豊臣氏滅亡後は内藤信正が城主となり、以降高槻藩の藩庁として用いられた。内藤氏の後は土岐氏、...
京都府

ガラシャゆかりの勝竜寺城

勝竜寺城は細川忠興・ガラシャ夫妻ゆかりの城として有名。天正6年(1578年)8月、藤孝の嫡男忠興と明智光秀の娘お玉(細川ガラシャ)が勝竜寺城で盛大な結婚式を挙げ、新婚時代を過ごしたとされている。南側から見た堀と塀、向こうに見えるのは北東隅櫓...
滋賀県

琵琶湖にたたずむ湖城 長浜城

1573年(天正元年)に羽柴秀吉(豊臣秀吉)が浅井長政攻めの功で織田信長から浅井氏の旧領を拝領した際に当時今浜(いまはま)と呼ばれていたこの地を信長の名から一字拝領し長浜に改名した。小谷城で使われていた資材や、あらかじめ、竹生島に密かに隠さ...
大阪府

晩秋の箕面の滝の散策

晩秋の箕面の滝を突然訪れた。秋のかけらでも残っていまいかと期待しての訪問だった。新緑の箕面の滝は新緑の散歩道を箕面の滝へでどうぞ。ご覧のとおりほぼ丸裸の滝周辺。ウィークデーということもあり、訪れる人もまばらだ。ただ救いは時折り顔を出す陽光に...