北港ヨットハーバーの夕日


先日の「コスモシーサイド」の対岸の舞洲から北港ヨットハーバーへ行こうと思う。

足的には結構行きにくい所です。

調べたら4種類の行き方があった。

1. JR線桜島駅 「舞洲アクティブバス」に乗車(所要時間 約21分 210円)
「舞洲東」停留所から徒歩 約15分

2. JR線大阪駅 市バス「大阪駅前」停留所にて「59系統 北港ヨットハーバー行き」に乗車(所要時間 約50分 210円)
「北港ヨットハーバー」停留所から徒歩 約5分

3. JR線西九条駅 阪神なんば線西九条駅 市バス「西九条」停留所にて「59系統 北港ヨットハーバー行き」に乗車(所要時間 約25分 210円)
「北港ヨットハーバー」停留所から徒歩 約5分

4. JR線桜島駅 「舞洲アクティブバス」に乗車(所要時間 約7分 210円)
「環境局前」停留所から徒歩 約19分

まだほかにあります。

コスモドリームラインと言って地下鉄コスモスクエア駅 セレッソスポーツパーク舞洲 おおきにアリーナ舞洲 大阪シティ信用金庫スタジアム ホテル・ロッジ舞洲というルートがあります。

舞洲から橋一つ越せば北港ヨットハーバーに行けるのではないか。

バスに乗って運転手に聞くと、舞洲東が近いのでは・・・

どれくらいかかるの   行ったことないからわからん。

と、いうことで舞洲東で降りる。

前方に見えているのは此花大橋、この交差点を左折してどんどん道なりに行けばいいとのこと。

此花大橋は2025年日本国際博覧会の開催に向け、大阪港湾局において此花大橋を6車線に拡幅する工事が始まっています。

それに伴い当面の間、歩道の利用ができなくなります。

令和3年12月6日~令和11年3月(予定)

いきなり衝撃的風景。

帰ってネットで調べたら。

大阪・舞洲の倉庫火災 放火容疑で派遣社員の19歳少年逮捕

「日立物流西日本」の倉庫内で昨年11月に起きた大規模火災

火災は昨年11月29日朝に発生。

倉庫には窓が少なく内部に煙と熱気が満ちて消防が立ち入れず消火活動が難航し、5日後の12月4日午後に鎮火。

舞洲東から約10分、目指す常吉大橋が見えてきた。

右側の派手な建物は焼却場。

2001年(平成13年)4月に大阪市環境局により建設された。

2015年(平成27年)4月1日に、他の大阪市の清掃工場とともに、大阪市・八尾市・松原市環境施設組合(現大阪広域環境施設組合)に移管された。

外観はフリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサーによるデザインである。

なお、フンデルトヴァッサー自身は当工場の完成を見ることなく、2000年2月に死去している。

常吉大橋は、大阪市此花区常吉と舞洲を結ぶ大阪港に架かる橋。

塔が1基の斜張橋として日本国内最大規模。
また、非対称構造であることが、特徴。

ヨットハーバーが見えてきました。

何とか間に合ったようだ。

もう陽が落ちかかっている、少々焦りが・・・・

状況はかなりきついが結構距離がある。

対岸にヘリポートがあるのでヘリコプターがホバリングしながら降りてくる。

クリックして拡大して見てね。

やっと入り口に到達。

まだ日没までは小1時間ある、一安心。

女神像を夕日が照らす。
8年ぶりの北港ヨットハーバーの夕日です。

大阪北港ヨットハーバーの夕日
昨日、鷲羽山からの夕日の様子を紹介しましたが、大阪にも夕日のスポットはたくさんあ … 続きを読む →


西に目をやると暮れていく空のグラデーションがきれいです。

日没にはまだ時間があります。

ブルーの空と夕日、きれいだ。

ここからは一工夫しています。

使っているソフトに夜景合成機能がある。

このモードで同じ撮影シーンを複数枚合成した場合、通常のノイズリダクションをはるかに超えた精緻で高階調な写真に仕上げることができます。

※4枚合成するとISO感度2段階分、16枚合成するとISO感度4段階分減感した時の画質再現されます。

夜景向けのノイズ除去や彩度、黒レベルを重視した合成をおこないます。

このモードを使うと手持ち撮影した複数の画像から、三脚を使用した長時間露光のような美しい夜景写真に仕上げることができます。

手持ち補正機能まで付いているのだ。

ついでにこのソフトのティスとを試してみる。

全67種類のオリジナルのテイストが収録されており作品作りにたまに使っている。。


クリックして拡大して見てください、六甲山頂の建物が夕日に光っている。

これはすごいことだ。

しかし、落とし穴がありました、手持ち補正はやってくれますが、ヨットのマストの振れまでは取ってくれない・・・・・


17時2分、ほぼ夕日も見納めだ。

陽は沈み、ブルーモーメントの始まりです。

帰りのバスの時間が迫っている、乗り過ごすと1時間待たねばならない・・・・

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シーサイドコスモの夕日


前回の「ダイヤモンドポイント」に続き対岸のコスモスクエアの海岸です。

盛んに浚渫が行われています。

難波津の故事でも明らかなように土砂がどんどん堆積するのです。

8世紀に入ると、難波津は土砂の堆積によって港湾施設としての機能を失ってしまった。

海上警察の船舶が頻繁に行き来する。

シーサイドコスモ

全長1.4kmの長さを誇る海浜緑地。

大阪港を広く見渡せる海辺の遊歩道からは、海遊館や天保山の観覧車を見る事ができます。

コスモスクエア海浜緑地は原則、釣りを禁止しておりますが、シーサイドコスモの東側の一部区域に限り、カラーコーン等により明示を行った上で釣りができる場所として開放しております。

しかしながら、釣り開放区域以外の場所でも釣りがされております。

また、夕日や夜景も大変美しく、ベイエリアならではの場所となっています。心地よい潮風を感じながらゆったりとした気分に浸ってみてはいかがでしょうか。

なにわの海の時空館

平成12年(2000)開館。

ユニークな形のガラス張りの建物は大阪港のランドマークで、平成14年(2002)には英国構造技術者協会から「Structural Special Award 2002」を受賞しました。

設計はポール・アンドルー氏(フランス人設計家)です。

館内には江戸時代に活躍した菱垣廻船(千石積級)を実物大で復元した「浪華丸」があります

不人気から、2013年(平成25年)2月8日、大阪市は、閉館日を同年3月10日と発表。

施設は閉館後使用されておらず電気、機械設備は老朽化が進んでいる。

内部に残されている、菱垣廻船(ひがきかいせん)『浪華丸(なにわまる)』

全長 : 29.9m、幅 : 7.4m、帆柱の長さ : 27.5m、積載量 : 約150t。

約10億円をかけて復元された。

1999年7月29日 – 8月1日、大阪湾で帆走実験が行われた。

風速9m/sで記録された最高速力(対水船速)は7ノット強(13 km/h強)であった。

建物の建設時に基礎の上に置いた状態でドームを作ったため屋外に出すことができず時空館の閉館後も他の大型展示物とともに建物内部に残されており・・・・・・

古代船「なみはや」は平野長原遺跡高廻り₂号噴出土の船形埴輪をモデルとして復元された準構造船。

「倭の五王」時代の航海を再現しようと、大阪港から韓国釜山港への実験航海にも成功しました。

フェリーターミナルへ回ろうと考えたが日没まで10分しかない、どうしよう。

今は使われていない、咲洲キャナルを行こう。

咲洲キャナルは海水を取り入れた運河で、コスモスクエア地区内を流れ、東西にゆるやかなカーブを描く親水空間です。水辺の散策が楽しめます。

ギリギリ間に合いました。

大阪南港コスモフェリーターミナル

株式会社フェリーさんふらわあ が大阪南港コスモターミナルの命名権を2017年10月1日(日)より10年間取得したことにより、乗り場の名称が『さんふらわあターミナル(大阪) 第1ターミナル』に変わりました。

よく利用させてもらった航路です。

大阪 ↔ 別府航路

「東洋のチロル」由布川峡谷を撮る
最初の訪問地、由布川峡谷はその美しさから「東洋のチロル」とも称され、新緑や紅葉、 … 続きを読む →

大阪 ↔ 志布志航路

志布志へ
指宿へ菜の花を見に行きます。 指宿は12月下旬〜翌年2月上旬に菜の花の見頃を迎え … 続きを読む →

渓流に癒される菊池渓谷の光芒
今日は光芒撮影の本番、ホテルを5時出発です。 4時起床、見上げる空には月が、やっ … 続きを読む →


ATC(アジア太平洋トレードセンター)

昭和8年(1933)、木津川飛行場の移転先として南港の埋め立てが始まりましたが戦争のため中断。

戦後、港湾用地と住宅用地として利用する計画となり、現在の南港ニュータウンが誕生しました。

約1億4千万立方メートルの土砂(ダンプカー1日1000台で運んでも約55年かかる)が埋め立てられたといわれています。

ATCは平成6年(1994)に貿易トレードセンターとしてオープンしたもので、ショールームやレストラン、輸入品ショップなどがあります。

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ダイヤモンドポイント


ダイヤモンドポイント「大阪港で夕陽が一番美しい場所」

大阪港の中央突堤にある夕日スポット「ダイヤモンドポイント」。

大阪港で夕陽がいちばん美しい場所とされ、夕暮れ時には多くのカップルやカメラマンが集まるスポット。

ダイヤモンドポイント前は、サンタマリア号の運行ルートになっているため、コロンブス時代の旗艦をイメージした船が目の前を通ります。

ライダーが夕日を背にして愛車を撮影。

ものの10分くらいか撮影が済むとサッサと立ち去ります。

サンセットまで少し時間があるので天保山まで散策。

目の前が水上警察、警察用船舶「きづがわ」

陽を受けて輝く船、そばでは何やら燃料補給でもしているのか警察官が忙しく動いている。

隣は大阪海上保安監部の巡視艇てるぎく。


キャプテンラインは、ユニバーサルシティポートと海遊館西はとばを片道10分で結んでいます。

コペンハーゲン港にある「マーメイド像」は、世界各地から観光客が訪れる観光名所にもなっていますが、そのマーメイド像が大阪港にあります。

じつは大阪港とコペンハーゲン港は平成6年(1994)に交流港となり、、その友好を記念してビール会社のカールスバーグ社から寄贈されたものです。

再びダイヤモンドポイントへ。

2018年10月よりウッドデッキからインターロッキングブロックへ変わっています。。

天保山へ急ぐサンタマリア。

春や夏は工業地帯へ日が沈み、冬の11月と2月には真正面の海に日が沈みます。

この時期にしか見れない光景です。

古代から大阪(難波津)は西に海を抱き、夕陽の美しい場所として有名でした。

上町台地や船場といった市内中心部は高層の建物が立ち、なかなか夕陽が見られなくなりましたが、築港ダイヤモンドポイントからは現在も大きな夕陽が海に沈んでいく「おしてるや難波津」の光景を見ることができます。

「あをによし」というのは奈良の枕詞ですが、難波(大阪)の枕詞は「おしてるや」といいます。

「おしてる」は、夕陽の光が海原と空一面を明るく照らすさまを意味していて「や」というのは間投助詞です。

直越の この道にして おしてるや 難波の海と 名づけけらしも

万葉集に出てくる大阪の歌です。直越の道(奈良から大阪までの山道)を歩いていると、美しく光り輝く海が見えた。

なるほど。
これが噂の「おしてるや 難波の海」か……意訳するとこういう感じでしょうか。

大阪は西に海があって、太陽が沈む「夕陽の国」です。

中世には、沈み行く太陽を目指して、難波津や住吉津から船を漕ぎだして「西方浄土へ行く」と補陀落渡海した人々も大勢いました。

ブルーモーメントが始まりました、これからしばらくの間空はブルーに輝きます。

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住吉大社 市えびす


日本中におよそ2,300社ほどあると言われる住吉神社の中でも、十日戎が行われるのは関西だけです。

しかも住吉大社のえべっさんは、大阪でも最古で、長い歴史と伝統を誇ります。

市戎大国社例祭は大阪の住吉区の住吉大社で毎年1月9日と1月10日に行われるお祭りであり、大阪最古のえびす祭りであるとされています。

市戎社・大国社にはそれぞれ事大主命(ことしろぬしのみこと)と大国主命(おおくにぬしのみこと)が祀られており、商売繁盛のご利益があるとされています。

そのため、このお祭りでは「福の餅撒き」により商売繁盛や無病息災を祈ったり、願い事の書かれた祈祷木をお焚きあげするなどの行事が行われています。

住吉大社の市戎大国社例祭は、2022年1月9日と10日の2日程で開催されます。

両日とも10時からご祈祷がスタートし、18時で終了する予定です。

例年であれば福の餅撒きや、タイや伊勢海老も並ぶ魚市で賑わう市戎大国社例祭。

楽しみにしている方も多いので、少し残念ではあります。

大阪の住吉大社は凶が多くて有名です。

とある正月番組でも住吉さんに勤める巫女さんが言っておられました。

この「大凶」が出た時って、最幸に運気が上がる時なんです。

これ以上下がりようが無いわけですから。

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商船三井築港ビル 天満屋ビル


現在は中央突堤と呼ばれる大桟橋の跡のたもとに、当時の面影を今に伝える近代建築が2棟並んで建っている。

1933(昭和8)年に建てられた商船三井築港ビルと、1936年の天満屋ビルだ。

竣工当時は煙突の下、一階部分が玄関だったそうですが、こちらも埋立てにより地下に埋没し たため、2階のコーナー部を玄関とした経緯がある。

淡い色のスクラッチタイルと煙突が特徴 の建物。

上階の左右、色が明るい部分は後に増築したものとの事。
天満屋ビルとは隣どうしで ある。

スクラッチタイルは釉薬を使わない(無釉)タイルであり、原料に含まれる鉄分のために赤褐色や淡黄色となる。

湿式成形された表面には、突起物による多数の溝が刻まれている。
光に対する反射がほとんどないため、陰影を利用した重厚感があるとされる。

スクラッチタイルは煉瓦からタイルに変わる際の過渡期の建材である。

帝国ホテル旧本館(ライト館)には煉瓦ではなく「スクラッチ煉瓦」が用いられ、世界で初めて外壁にスクラッチタイルを用いた作品とされる。

1923年(大正12年)の関東大震災で帝国ホテル旧本館は無傷だったこともあり、震災復興期の建築にはスクラッチタイルが多用された。

官公庁・大学施設・金融機関などの建築にスクラッチタイルが用いられ、1928年(昭和3年)から1931年(昭和6年)に流行がピークを迎えた。

明治村では帝国ホテル旧本館が見られる。
レトロ感がとてもいい 博物館明治村
1965年(昭和40年)3月18日、名鉄が用地の寄付をはじめ財政面で全面的に援助 … 続きを読む →


天満屋ビルは昭和10年(1935)竣工で、元は回漕店の社屋兼居宅とし建設されました。

このビルも商船三井ビル同様に整備された際、1階が半地下状態になったので2階のバルコニーだったところへ階段を取り付け玄関にしています。

現在は喫茶店「ハaハaハa」が営業しています。

大阪市都市景観資源のプレートとかさ上げの経過が表示されている。

港区と大正区は昔から地盤が低く、台風などの水害に何度も悩まされてきた。

それが戦後の復興事業によって、街の道路が約2メートル嵩(かさ)上げされ、それ以前に建てられた建築は1階が土中に埋まってしまったのだ。

ビルにはブーゲンビリアが絡まりいい雰囲気です。

こちらも色違いの茶色いスクラッチタイルで、大きなガラスの開口と幾何学的な構成がモダンだ。

現在は陽光がたっぷりと注ぐ部屋にカフェが入居し、ゆったりとした時間を刻んでいる。

今日はダイヤモンドポイントの夕日の撮影が目的で、帰りに食事をと考えていたがもうすでに閉店している、改めて訪問しよう。

たび重なる災害、大改修や解体の危機を乗り越えて今日に至りましたが、地域の歴史を伝える場所としてなんとか生き残ってほしいものです。



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大和川 夕日とチン電


新年初訪問です。

橋梁に照り返す夕日がきれいです。

日没までまた時間があるのでゆっくりと周辺観察。

枯草に夕日、これもなかなかいいね。

川面の砂嘴と水面の波紋そしてグラデーション、きれいです。

通過する南海電車、夕日の照り返しが川面にも・・・

コロナの小休止が皆に余裕を与えているようだが、この状況もたちまち急変です。

夕日にドラムの根が小気味よく響いてきます。

チン電の橋梁下笛を吹く女が・・・・

この女性かなり長時間ここにいます、帰るときにもまだいました。

ドラムと笛の音が心地よく響いてきます。

少し下流にはギターをつま弾く高校生のグループもいた、さながらコンサートを聴いているようだ。

凧あげに興じているグループも数グループ見かけた。

陽も落ちたので家路につく、女性はまだ笛を吹いています。

太陽が今まさに沈もうとしている。

沈む夕日と上空を関空へ急ぐ飛行機。

楽しそうな沢山の家族が見られました、幸せな気持ちで家路を急ぐ。

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2022年新春 大阪護国神社


遅ればせながら新年おめでとうございます。

コロナも納まるかに見えたがまたもや拡大の気配・・

蜜を避ける意味で住吉大社参拝は見送った、近くの大阪護国神社へ参拝、家から徒歩10分の至近距離にある。

大阪府出身ならびに縁故の殉国の英霊10万5千余柱を祀っており、祭神の柱数は護国神社では沖縄県護国神社、福岡縣護國神社に次いで3番目に多い。

社名は、サンフランシスコ講和条約締結後の1952年(昭和27年)に大阪護國神社に復称している。

こうした経緯から奉安殿に仁徳天皇を、その相殿に東郷平八郎の遺髪と共に祀るようになった。

1970年(昭和45年)7月15日に昭和天皇と香淳皇后が親拝され、1978年(昭和53年)5月31日には皇太子・皇太子妃(現・明仁上皇・上皇后美智子)が参拝されている。

支那事変(日中戦争)勃発後に英霊崇敬の機運が高まりを見せたことから、1938年(昭和13年)に大阪府知事が奉賛会長として護国神社造営奉賛会を結成し、創建予定地である住之江公園の南西の低湿地を、府民のべ約36万人が勤労奉仕で約2年かけて埋めたてて、内務大臣指定護國神社として創建された。

2009年(平成21年)10月24日に特攻勇士の像が建立された。

住之江通に面した正面鳥居は大阪府で最大の鳥居である。

76年目の夏
昨日は76回目の終戦記念日。 護国神社には多くの人々が参拝しています。 一昨日か … 続きを読む →

大阪護国神社 桜満開
大阪市の南部、地下鉄住之江公園駅のすぐそばにある大阪護国神社は、2万㎡という広い … 続きを読む →

大阪護国神社 護摩供養
大阪護國神社は大阪府出身ならびに縁故の殉国の英霊10万5000余柱を祀り、拝殿の … 続きを読む →

大阪護国神社『日の丸マーケット』
現在5時30分、すでに太陽は高い位置にある。 斜光の美しさを眺めながらの散策。 … 続きを読む →

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冬日 民博


森の洋食 グリルみんぱく

フォーや、タイカレーなど、民族博物館らしい品揃えのエスニック料理が楽しめます。
もちろん単品で日本のカレーやうどんなどもあり。

値段はランチにしてはちょっと高いなと感じます。

ここはいつも斜光が射していてカメラ心をくすぐります。

一階ホールは照明が一段落としてあって光の雰囲気が感じられる場所です。

ここから外を眺めるのもいい。

二階の展示フロアも照明は暗く、

差し込む光を感じます。

展示室も薄暗く、撮影には難儀します。

倶楽部でもここはよく利用します、暗い照明のもとでの困難な状況の中でいかに作品に仕上げるか、腕の見せどころです。

よく勉強さてもらっていますが、いまだ課題は山ほどあります。

今日も挑戦ですが後程ゆっくりとご披露できたらと思っています。

きれいな雲と斜光、モノクロ作品にはうってつけの舞台です。

冬の日の刈田のはてに暮れんとす 正岡子規

光りのグラデーションと芝生の柔らかそうな質感いい感じ。

アスファルトへの光は固い感じのグラデーション。

歩いているといくらでも素材はあります。

モノレールのレールに光が当たっています。
時間待ちの間の1ショット。

今日も楽しく撮影できました。

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なんば光旅 なんばパークス


難波駅前広場に、思わず写真に撮りたくなるようなフォトモニュメントが登場。

なんば駅前は幻想的なパープル1色。

2階南側エントランスゲート、スカイオへと誘う、雲海をモチーフとした積み重なった光のゲート。

2Fパークス通り、木々が光に照らされて、歩くと華やかな気分になります。

シャンパンのようにきらめく光のデコレーション、今年で10回目を迎える、なんばエリアを華やかに彩るイルミネーションイベント。

パークスガーデン入口から階段を上っていくと、素晴らしいイルミネーションを見ることができます。 

青色のイルミネーションの中に、白色の光がちらちらと降ってきて、「光の滝」と呼ばれています。

夜空をバックに見る光景の幻想的な美しさは、言葉では表せません。


円形劇場に“煌めく草原”が登場

今年で10回目を迎える、なんばエリアを華やかに彩るイルミネーションイベント。なんばパークスでは、8階円形劇場に「煌めく草原」が輝きを増して登場。

色とりどりのイルミネーションが広がる中、白や青に煌めく光が幻想的な世界を表現する。

「南海ホークスメモリアルギャラリー」

お帰りノムさ
大阪球場跡地に建つ「なんばパークス」の「南海ホークスメモリアルギャラリー」に、昨 … 続きを読む →


8階・9階の屋上部分は、まるで光のテーマパークの様に辺りが輝いています。

グランドキャニオンから見下ろす光の滝。

[パークスガーデン3・4階 ウッドデッキ]

ウッドデッキスペースには、ゆっくり寛げるベンチがたくさん。

光に包まれるような癒しの空間が広がっています。

2Fパークス通り、ワゴンの植え込みがきれいです。

なんばウォーク1番街の「アートパーク」にはシカゴ美術館所蔵作品の複製陶板画が並ぶシカゴギャラリーがあり、モネやスザンヌといった有名な絵画の複製画が楽しい。

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冬の大阪城


南外堀

大阪城二の丸の南に位置する堀で、西が大手口、東が玉造口。

石垣の総延長は約2キロメートル、堀の最大幅は約75メートルあり、寛永5年(1628)、徳川幕府による大坂城再築第3期工事により、豊臣時代大坂城の堀跡に改めて石垣が築造された。

幕府の命令によって動員された大名は肥前佐賀藩鍋島家・加賀金沢藩前田家・因幡鳥取藩池田家・筑前福岡藩黒田家など57家。

内側の石垣上には東から一番櫓から七番櫓まで七棟の隅櫓が建造された。櫓は明治維新の大火により四番・五番・七番を失い、さらに第二次大戦の空襲により二番・三番を失って、現在は一番櫓と六番櫓だけが残る。


空堀にはススキが茂る、この辺りにはヌートリアが生息している。

ミライザ

大阪城公園の魅力向上施策の一つとして、大阪城天守閣と同じ本丸エリアに位置する歴史的建造物のもと大阪市立博物館(旧陸軍第四師団司令部庁舎)をコンバージョンした複合商業施設。

城内一の撮影スポット、さざ波が立って天守閣がぼやけている。

北東の方向、京橋口の方向を望む。

昭和20年(1945)、陸軍の関連施設が集中していた大阪城は、終戦前日の8月14日を最大とする爆撃を数次にわたって受けた。

これにより大阪城天守閣付近の石垣も大きな被害をこうむっている。

天守台北壁から東壁にかけてみられる石垣の「ずれ」はこの時のもので、天守閣の北数メートルの地点に落ちた爆弾によるものである。

昭和6年復興の天守閣は天守台に荷重をかけない構造だったため影響はなかったが、昭和39年にはひずみの進行を止めるための工事が行われた。

大阪城に残る戦災の傷跡 | きままな旅人

天守から山里丸に向かう、この辺りも絶好の撮影スポット、右手が隠し曲輪の入り口。

隠し曲輪は今公示が行われている。

何の表示も無いので、ほとんどの観光客はここを素通りしていきます。

この奥に広場があるとは、誰も気付きません。

山里丸石垣の機銃掃射痕。

石垣の表面に残る傷は、第二次大戦末期の空襲による被害の傷跡で、機銃掃射によってついたものと推定される。

昭和20年(1945)3月から終戦前日の8月14日まで、大阪は8度におよぶ大空襲を受け、陸軍の中枢機関や軍需工場があった大阪城も標的となった。

山里丸ではこのほかにも爆弾によって南側石垣上部が吹き飛ばされ、北側内堀に面した石垣も数カ所ひずんだが、現在はいずれも修復されている。

大阪城が炎上する中、豊臣秀頼と淀殿はここ山里曲輪にて自刃しました。

本丸の大阪城・天守閣の裏から出てすぐのところになります。

真田幸村の嫡男・真田大助もここ山里丸で殉死しました。

それら殉死した者の「淀君並殉死者三十二名忠霊塔」が、山里曲輪の石垣の上にあります。
 
淀君並殉死者三十二名忠霊塔

碑文にある殉職者は、大野治長、大野治徳、速水甲斐守時之、速水出来丸、毛利勝永、毛利長門、高橋半三郎、高橋十三郎、津川親行、竹田永翁、堀対馬守、武田左吉、森島長意、伊藤武蔵守、土肥勝三郎、真田大助、萩野道喜入道(氏家行広)、寺尾勝右衛門、和期の局、大蔵卿の局、宮内卿の局、右京大夫局、玉の局、饗庭局です。

山里丸から天守を望む。

江戸時代、極楽橋を渡ってすぐにある石垣の上に、山里門と多聞櫓がありました。

今は石垣だけしかないのを確認できます。

橋は鉄筋コンクリート作りですが、両端は木で造られています。

ここは桜門(本丸に入る正門)の丁度反対側になっています。

豊臣期の大坂城と城下町を描いた貴重な屏風絵「豊臣期大坂図屏風」(オーストリア エッゲンベルク城所蔵)の中に見られる秀吉の「鳳凰丸」をモデルに、大坂の陣から400年を経た平和な大阪で、秀吉が生きていたら、黄金の御座船にするだろうという意を込めて、船全体に純金箔貼りを多用したものです。

冬の西日を受けて枯れ木が輝きます。

空堀が西日を受けて輝く。

重要文化財 大手門
 
城の正面を大手(追手【おって】)といい、その入口を大手口(追手口)、設けられた門を大手門(追手門)とよぶ。

現存する大阪城の大手門は寛永5年(1628)、徳川幕府による大坂城再築工事のさいに創建された。

正面左右の親柱【おやばしら】の間に屋根を乗せ、親柱それぞれの背後に立つ控柱【ひかえばしら】との間にも屋根を乗せた高麗門【こうらいもん】形式である。

屋根は本瓦葺【ほんがわらぶき】で、扉や親柱を黒塗総鉄板張【くろぬりそうてついたばり】とする。

開口部の幅は約5.5メートル、高さは約7.1メートル。

親柱・控柱の下部はその後の腐食により根継【ねつぎ】がほどこされているが、中でも正面右側の控柱の継手【つぎて】は、一見不可能にしか見えない技法が駆使されている。

門の左右に接続する大手門北方塀・大手門南方塀も重要文化財に指定されている。

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