葛城古道ウォーキング

奈良県
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葛城の道は全長約15km、アップダウンのある山麓の緑豊かなルート、写真を撮りながらのゆっくりペース、今回は近鉄御所駅から一言主神社まで。
九品寺、一言主神社は別掲にします。

まず、柳田橋を渡り、柳田川に沿って北上する。
この春一番の陽気に早くも上着を脱いだ。
桜並木が続く快適なルート。

この辺りの地名は「櫛羅(くじら)」。
地名は、葛城山を急激に下る土砂崩れの「崩れ」に由来するといわれている。

中世には、倶尸羅と書いた。
灌漑が発達していない時代には、田畑を潤して多くの恵みをもたらす葛城山の清流も、ひとたび牙をむくと土砂崩れをしばしば発生させた。

鴨山口神社は古くから朝廷に皇居の用材を献上する山口祭りを司った由緒深い神社です。
延喜式神名帳にある14社の山口神社の本社がこの鴨山口神社であるとされています。

道の真ん中に巨石が、室町時代に発生した大土石流でこの地に流れ着いたといわれている六地蔵石仏。

人々は度重なる災害や疫病から逃れるために、さらには来世の極楽浄土を願う強い信仰心から、この巨石に六体の地蔵を彫ったという。

葛城古道は葛城山の山麓の高台を通る道なので、いくつかの場所で大和三山を展望することができます。

左から耳成山(みみなしやま)、畝傍山(うねびやま)、天の香久山(あまのかぐやま)。

畑仕事をしている人を見かけた、のんびりとしたいい風景です。

菜の花が咲き、陽炎が揺れていた。

駒形大重神社は登り道を5分程歩いたところにあり、鬱蒼とした檜林の中に鎮座している。

別々に祀られていた駒形神社と葛城大重神社を、明治40年に合祀して現在に至っているという。

駒形神社の祭神は、村人には木股と呼ばれているが定かではない。

大重神社は延喜式(10世紀初頭に完成)に登場する神社で、それよりも約200年ほど古い文献の大和史料には 「葛木犬養神」と記されているという。

祭神には葛城稚犬養連網田(かつらぎのわかいぬかいのあみた)が祀られている。
伝飛鳥板蓋宮の大極殿において、蘇我入鹿(そがのいるか)を殺せと中大兄皇子に命じられた人物である。

「無事蛙」微笑ましい姿だ。

のどかな道です。
季節がら、この日、九品寺、一言主神社以外では道中誰一人出会わなかった、まさにマイウェイ。

九品寺を過ぎ、あと一息で一言主神社、おもわず鼻歌の一つも出てきそうな快適な道。

一言主神社を過ぎ帰りのバス停「宮戸橋」へ向かう、煙りたなびく野を行く。

野良仕事の人を見かけた、時間がゆっくりと流れています。

葛城の道(一言寺道)は金剛・葛城山麓を南北に走る山裾の道で、街道として最も古いと言われる竹ノ内街道から、北葛城郡新庄町大字寺口・笛吹を経由して、御所市大字小林・櫛羅・楢原・森脇・名柄・極楽寺・朝妻・高天・伏見・鴨神に至る古道で、この道に沿って数多くの名神大社や由緒ある寺院が存在し、更に歴史の彼方へと消え去ってしまった、高間千坊や戒那千坊と伝えられる、おびただしい数の古代寺院が存在していた。

また、この道は、鴨族、葛城族などの古代豪族が、当時の主要道として往来していた道でもある。

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