日吉大社と神猿(まさる)伝説

歴史を訪ねる旅
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全国に約2,000社ある日吉・日枝・山王神社の総本社。
通称として山王権現とも呼ばれる。猿を神の使いとする。

山王鳥居の特徴は明神鳥居の上部に三角形の破風(屋根)が乗った形をしていて、仏教の胎臓界・金剛界と神道の合一を表しているとされる。

山王信仰の象徴であるため、山王鳥居と呼ばれている。

西本宮の楼門の軒下四隅には、それぞれ違ったポーズの神猿さんがお参りに訪れる方々を見守っています。

神猿さんは魔除けの象徴

そもそも猿は全国に生息しておりますが、何故か古来より日吉といえば猿といわれ、いつの頃からか魔除けの象徴として大切に扱われるようになりました。

「まさる」は「魔が去る」「勝る」に通じ、大変縁起のよいお猿さんです。

猿は古く境内で飼われており、既に室町時代の記録にも登場する。

江戸時代の絵図等には「猿飼所」「猿厩」が記されている。

『日吉山王権現知新記』の記録では、神猿さんの食費として「一石(いっこく)」(大人一人が一年に食べる米の量)の予算(俸禄??)が当てられています。
小さい体でも、一人前のお給料を貰っていたのですね。

京都御所の鬼門にあたる猿が辻にある、魔除けの神猿 延暦13年(794)、都が平安京に遷都された。

このとき、京都の東北の鬼門に比叡山があり、鬼門の山があるのは地相が悪いと反対の声が上がりました。
しかし、鬼門である比叡山にはすでに日吉大社と延暦寺があり、日吉大社の大神によって守られていることからこの問題は解決し、京都が都に選ばれた。

山王七猿の和歌 「七猿歌」は天禄4年(973)、第18代座主の慈恵大師良源が日吉山王権現に願文を捧げられたとき、権現の使いである猿に因んで「さる」を詠みこんで作られた7種の歌の処世訓。

天台教学の要諦である【諸法実相】、【三諦円融】内蔵した御歌といわれ、〈宇宙の道理の相〉を心を鎮めて観得することを念じて詠みこまれたものといえるでしょう。

一、つらつらと うき世の中を思うには
   まじらざるこそまさるなりけれ

二、見聞かでも いわでもかなわざるものを
   うき世の中にもまじるならいは

三、つれもなく いとわざるこそうかりけれ
   定めなき世を夢と見ながら

四、何事も 見ればこそげにむつかしや
   見ざるにまさることはあらじな

五、きけばこそ 望みもおこれはらもたて 聞かざるぞけにまさるなりけり

六、こころには なにわのことを思うとも 人のあしきにはいわざるぞよき

七、見ず聞かず いわざる三つのさるよりも 思わざるこそまさるなりけり

東本宮参道の脇に霊石がある。

正面から見た凹凸(おうとつ)が、しゃがみこむお猿さんの形にそっくりなので、「猿の霊石」と呼ばれている。

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日吉大社へのアクセス、行き方歩き方

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滋賀県大津市坂本5丁目1-1

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京阪石山坂本線 坂本駅(徒歩10分)