平安神宮の4月を華麗に彩る「八重紅枝垂桜」

京都府
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この記事は誤って消去してしまった記事の再掲です。
画像は2013年4月5日訪問時のものです。

平安神宮の紅枝垂れ桜は八重なので、ソメイヨシノの満開時期とは約1週間遅れて満開となります。
小型の花をつけた細枝が垂れ下がる特徴があり糸桜とも呼ばれている。

神苑に入ってすぐの鮮やかな紅枝垂れ桜は訪れる人々がおもわず感動の声を上げる。
スペースが狭くうまく全容をとらえられないのが残念。
これは訪れた人だけの特権かも。

文豪、谷崎潤一郎も『細雪』のなかで、「忽ち夕空にひろがっている紅の雲」を「一年待ち続けた」という情緒豊かな表現で著していますが、入口から南神苑へ一歩足を踏み入れると、さながら天蓋のように空を覆い尽くす、圧倒的な光景が繰り広げられます。

平安神宮神苑は、明治から昭和にかけて活躍した造園家・7代目小川治兵衛(通称植治)の作庭になります。

八重咲きなので開花から2週間も見ごろが続きます。
咲き始め、満開、散り際と、それぞれに風情がありますが、5分から7分咲きのころに紅の色が最も濃くなります。

川端康成が著した小説『古都』では、主人公の「千重子」が友人の「水木真一」に誘われ、平安神宮の神苑を巡りながら花見をする描写がある。
中神苑での沢渡り(臥龍橋)

《 真一は先に立って、池のなかの飛び石を渡った。「沢渡り」と呼ばれている。
鳥居を切ってならべたような、円い飛び石である。
千重子はきもののつまを、少しからげるところもあった。》

神苑にある飛び石を『古都』では「沢渡り」と記述しているが、龍が臥す姿に似せて造られ今では「臥龍橋」と名付けられている。

神苑作庭者・小川治兵衛が手掛けたもので、使用された石材(白川石)は1589年(天正17年)に豊臣秀吉が造営した三条・五条両大橋の橋の橋脚が使用されています。

もとは京都の近衛家の邸内にあったものを、津軽藩主が地元へ持ち帰り育てたとされており、平安神宮創建にあたり、仙台市長の遠藤氏から苗木が寄贈されたことから「遠藤の桜」とも「里帰りの桜」ともいいます。

枝垂れ桜のうえに、色は紅色、花は八重ですから、その艶やかさは群を抜いています。

池をまたぐ泰平閣(橋殿)は東山連山の借景と調和して、特に春の八重紅枝垂桜の満開の頃が拝観の人々で賑わう。

泰平閣と尚美館(貴賓館)は何れも大正の始めに京都御所より移された建物です。

東神苑の中心を占める大きな栖鳳池(せいほういけ)は大宮人の舟遊びを想定して造られた。

東神苑の尚美館(貴賓舘)と紅色の枝垂桜。

この場所は撮影する人がひっきりなしに現れ、ゆっくり撮影させてもらえない。

南・西・中・東の四つの庭で構成される庭は約33,000平方メートルもあり、春の桜、初夏の菖蒲や睡蓮などそれぞれの季節に美しい花を鑑賞できます。

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