五條新町通り 木村篤太郎生家訪問記

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江戸時代の風情を残す新町通りに面している木村篤太郎の生家が、五條新町まちや館として一般に公開されています。

この建物は、旧辻家住宅で、米屋を営んでいた辻家の住宅として使われていました。

内部には土間が奥まで続いており、蔵もあります。
篤太郎さんはこの家で中学時代まで過ごしたそうです。

彼は戦後の吉田茂内閣の司法大臣などを歴任した政治家で、検事総長や法務大臣も務めました。
興味深い場所ですね!

井戸もあります

奥に進むと幼年の篤太郎が学んだ小部屋がありました。

わずか二畳ほどのこの小さな部屋で後に偉人となる礎を築いたんですね。

蔵がみえてきました、トイレとして利用できるよう改修されてましたが、蔵のつくりはそのままで、じっくり見れました。

復原された箱階段。
近世の町家や茶屋などにみられる階段で、踏み板の下に箱状の物入れが設けられています。

箱階段の上は一見すると何もない天井のようですが、スライド式の戸板になっており、これをあけると2階の部屋に入ることができます。

木村篤太郎(1886年2月7日 – 1982年8月8日)は、日本の政治家、検察官、弁護士、剣道家でした。

彼は検事総長(第19代)、第一東京弁護士会会長(第16代)、法務大臣(初代)、保安庁長官(初代)、防衛庁長官(初代)などを歴任しました。

彼は奈良県五條町で生まれ、東京大学法学部を卒業後、政治家として活躍しました。

また、剣道家としても知られ、全日本剣道連盟初代会長を務めました。

この家は終戦直後に活躍した五條出身の政治家、木村篤太郎の生家で彼が中学時代まで過ごした家でもある。

辻家は篤太郎の母の実家だが辻家に後継者がいなくて彼の父が引継いだようだ。

「まちや館」の中には篤太郎の様々な遺品が展示されており、また2畳1間の狭い篤太郎の勉強部屋も残されている。

敗戦で荒廃した日本の復興にはワンマン首相と云われた吉田茂首相の手腕が大きかった。

吉田首相は5次に亘り組閣を行ったが、その1次と3次に木村は司法大臣(法務大臣)として、4次と5次に防衛庁(保安庁)長官として入閣している。

木村は吉田内閣の法務大臣や防衛庁長官として、首相の意を受けて戦後の混乱期の日本の治安維持を担っていたようだ。
吉田首相は東京の越中島での自衛隊の発足式典に木村と共に最高指令官として出席し、演説で隊員に任務の重要性を力説したという。(吉田茂著:回顧10年より)

イラクやアフガンで頻発するテロのニュースを聞くと、国の治安が乱れると復興どころではなくなってしまうのが良くわかる。
その意味であまり知られてはいないが、日本の戦後の復興に木村篤太郎氏の果たした功績は大きかったと云えるのではないだろうか。

実業家としての木村は、岳父の井上篤太郎が社長だった京王電気軌道(現・京王電鉄)の専務取締役を務めたことがある。

まちや館(旧辻家住宅)アクセス
住所: 〒637-0041 奈良県五條市本町2丁目6−6
営業時間: 4月〜10月/10:00〜17:00、11月〜3月/10:00〜16:00
定休日: 月曜
駐車場: あり
TEL: 0747-23-2203
入館料無料
車椅子対応トイレあり

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