願成寺「平通盛と小宰相」供養の寺

わずか半年ながら、神戸の福原に遷都した平清盛。
清盛が描いた夢の跡をたどってみた。
今回は「平通盛と小宰相」供養の寺 願成寺。

行基により開山。
天平年間(729~748)に創建。

この寺は、もと烏原村住蓮坂の北手(現在の鳥原水源池の東)烏原谷の左岸にあり、付近に字堂の本の地名が残っている。

法然上人の弟子・住蓮上人は妻の安楽とともに烏原の古寺を再興し、願成寺と名付けた。

小宰相局・平通盛供養塔
越前三位通盛は、清盛の弟門脇中納言教盛の子。
小宰相は、藤原為隆の子刑部卿範方の娘。通盛は、上宮門院の官女小宰相に恋慕。

恋文をつき返されて涙する通盛の「我恋は細田川の丸木船ふみかえされて湿るゝ袖かな」の歌に、門院憐み二人を取りなして、遂に妻とする。

寿永3年(1184)2月7日、源氏と平氏の戦闘開始。
両者激戦。
湊川で通盛が討死。

局、その知らせを聞き悲しみのあまり数日後、船に乗り阿波の鳴門で海に飛び入る。
小宰相の乳母呉葉が兄住蓮の住持するこの寺に入寺し、通盛と小宰相を弔ったという。

平通盛と妻の小宰相局が相思相愛だったため、「良縁成就」「縁結び」を願う女性やカップルの参拝者が多いとのこと。

開山住蓮上人の塔
建永元〔1206)年後鳥羽上皇の愛妾であった松虫、鈴虫が住蓮に心酔して仏門に入ったことで、住蓮夫妻は上皇の怒りにふれ処刑されてしまった。

この時、烏が住蓮の首をくわえて寺に持ち帰ったことから、寺があった上野村を烏原村と呼ぶようになった。
貯水池の建設で烏原村は水没し、寺は現在地に移された。

本堂の装飾で非常に立派なものです。

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成願寺へのアクセス、行き方歩き方

住所:兵庫県神戸市兵庫区松本通2丁目4-11
TEL:078-511-2788

神戸電鉄 湊川駅 もしくは 地下鉄山手線 湊川公園駅 から徒歩5分

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