源義経デビュー戦の地 一ノ谷を行く

須磨は源平の古戦場として有名で、敦盛、直実の死闘、義経の「鵯越の逆(坂)落とし(ひよどりごえのさかおとし)」等々華やかな物語が沢山ある。
今回は鉢伏山から須磨寺まで義経のデビュー戦の様子を探ってみた。

源平攻防の舞台となった須磨一ノ谷にある敦盛塚五輪塔は、高さ約4mで、京都・石清水八幡宮五輪塔に次いで日本で2番目の大きさの塔。

敦盛五輪塔の建つ須磨一ノ谷は、源平合戦・一の谷合戦場として知られ、1184年(寿永3年)2月7日に、当時16歳の平敦盛が、熊谷次郎直実によって首を討たれ、それを供養するためにこの五輪塔を建立したという伝承からこの五輪塔は敦盛塚と呼ばれるようになった。
なお、こちらの塚には胴体が祀られていて、首は須磨寺の首塚に祀られている。

また、平敦盛は清盛の甥で、笛の名手として知られていた。
鎌倉幕府の執権北条貞時が平家一門の供養のために建立したといわれているが、塔の様式などから安土桃山時代頃のものと考えられる。

鉢伏山へ向かう登山道の入り口に架かる「敦盛橋」

春の海終日(ひねもす)のたりのたりかな 蕪村」
与謝蕪村(1716~1783年)が、須磨の浦で詠んだものといわれる。

句碑は、高さ1.8メートル、幅1.5メートル、厚さ1メートル、重さ約5トンのひょうたん形の「どろかぶり」という仙台石。

蝸牛角ふりわけよ須磨明石 芭蕉」
江戸時代前期の俳人松尾芭蕉(1644~94年)が元禄年間に須磨を訪ね、古くからの摂津と播磨の国境であった堺(境)川のほとりで作った句。

山陽電車の須磨浦公園駅から海抜246mの鉢伏山山上駅までロープウェイで約3分。

鉢伏山中腹の展望台からの風景・須磨海づり公園。

鉢伏山中腹の展望台からの風景・須磨海岸須磨海水浴場。

須磨浦公園の真上にそびえる鉢伏山から横尾山、東山へと続く尾根道は六甲山全山縦走路が通る稜線で、明るいハイキングコースとしてたくさんのハイカーで賑わうところ。

旗振山の山頂と旗振茶屋。

旗振山から播磨灘を望む。

淡路島、明石海峡、明石海峡大橋、播磨灘、神戸市垂水区の風景。

源平の戦、鵯越の逆(坂)落とし(ひよどりごえのさかおとし)の模様の説明版。

一の谷のあたりはちょうど摂津の国と播磨の国の境界にあたる。
これからいくと明石海峡大橋は播磨の国に架かっている。

旗振り山から鉄拐山(てっかいさん)へと向かう気持ちの良い尾根道。

鵯越の逆(坂)落とし(ひよどりごえのさかおとし)
源平合戦の英雄・源義が「一の谷の戦い」を大勝利に導いた、有名な「鵯越の逆(坂)落とし(ひよどりごえのさかおとし)」ですが、それが行われた場所については説が分かれている。

一つは「平家物語」や昔からの言い伝えなどにより、一の谷の背後にある鉄拐山(てっかいさん)の東南の斜面であるという説で、もう一つは現在も地名として残っており神戸電鉄の駅名にもなっている北区「鵯越(ひよどりごえ)」であるという説。

どちらの説もそれぞれ、地形や義経軍の進路、平家の軍勢の配置、平家物語などの記述をはじめ、さまざまな角度から考証がなされており、現在も決め手を欠いていますが、逆に歴史を推理する楽しみを残してくれているといえる。

山陽・須磨浦公園駅を下車、松林をくぐりながら東へ5分のところに建てられている一の谷戦の浜碑。

一の谷の合戦で有名な「鵯越の坂落とし」はこの濱碑の裏手にある鉄拐山(てっかいさん)の東南の斜面で繰り広げられたという説と神戸市北区の鵯越であるという2つの説がある。

平重衡とらわれの松跡(たいらのしげひらとらわれのまつあと)とは兵庫県神戸市須磨区1丁目にある石碑。
山陽電鉄須磨寺駅を出てすぐのところにある。
 
1184年(寿永3年)、源範頼、源義経兄弟が京を出陣すると平重衡は範頼勢が攻撃してくるであろう生田の森の副大将に任ぜられた(大将は兄平知盛)。

いざ、範頼軍が攻めて来ると重衡は勇猛果敢に戦ったが力尽き海に留めていた味方の船に乗って退却しようとしたが西須磨で範頼の郎党・庄太郎家長(児玉党の本宗家5代目)に馬を射られ、落馬し、捕らえられた(『平家物語』では弟の庄四郎高家が生け捕ったとしているが、『吾妻鏡』には家長が生け捕ったと記されている)。

捕らえられた重衡は近くにあった松に腰掛け無念の涙を流した。

それを哀れんだ村人たちが濁酒を差し出したところとても喜び「ささほろや 波ここもとを 打ちすぎて すまでのむこの濁酒なれ」と一句詠んだと伝わる。

この松が「平重衡とらわれの松」である。後に松がなくなり石碑だけになり「平重衡とらわれの松跡」になったが源平合戦を偲ばせる石碑である。

昭和29年(1954)に開催された国土緑化大会記念植樹祭のおり天皇・皇后両陛下のご来神記念として建てられたもの。

須磨浦公園(須磨区)右上の台座からみどりの塔脇に落下した「2.4トンの地球儀」
震災のモニュメントとしてそのまま残されている。

落下した地球儀の説明書き。

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