美ヶ原散策

美ヶ原で過ごした三日間、何度も山本小屋周辺を歩き回った。

美ヶ原高原のシンボル「美しの塔」。
美ヶ原は濃霧になることが多く、遭難が多発しました。

その対策の一つとして霧鐘を備えた避難塔が「美しの塔」です。
1954年(昭和29年)の秋に高原の中央部に設置され、1983年(昭和58年)に改築されました。

鉄平石でつくられた塔で、高さは約6m、日本で一番大きな文学碑でもあります。

塔の南面には美ヶ原を愛した自然詩人・尾崎喜八氏の「美ガ原溶岩台地」が、北側には山本俊一翁の顔のレリーフが埋め込まれており、松本の彫塑家、上條俊介氏の作です。

鉄平石(てっぺいせき)は、長野県の諏訪地方・佐久地方に広く分布する輝石安山岩の板状節理がよく発達したもの。

およそ2,500万年前の火山活動によって形成されていると推測されている。
板状に剥がれやすい性質を持ち、2~3cm内外の厚さに剥離(はくり)された鉄平石は、建築用の内装外装用石材として広く利用されている。

美ヶ原一帯は360度の眺望で有名、ただ、霧や雲で視界が遮られることも多く、残念な思いをする。
この日は富士山がよく見えていた。

広大な牧場に陽が沈む。

残念ながら牛の姿は見えない。
先日の台風、気象庁が史上最強の台風などというものだから、牛はすべて麓へ移されてしまっている。

美しい高原にススキがよく似合う。

ススキの向こうに電波塔群が見える。

美しさを満喫するには、やはり大草原に200種類以上の亜高山植物が咲き乱れる夏場が一番なのだが、観光客の少なくなった初秋もいい。

夕食に気をとられていて、日の入りを撮り損ねた。
ただ美しい日没だ。

電波塔群にも灯りが灯る。

ここは標高2000mの高地、雲の流れも速い、つかの間、光芒が現れた。

僅かに紅葉のなごりか、この前の台風で紅葉はすべて吹き飛ばさてしまったと聞いた。

現在の美ヶ原牧場は明治42年、東筑摩郡里山辺村の小岩井品三郎が入山辺・里山辺両村の共有林30町歩を借り、松本市内の牛乳屋の乳牛89頭を放牧したのが始まりである。

牧場経営は順調で明治44年には安曇平から馬も預かり、放牧頭数は200頭を超えた。この年7月には小県郡和田村字沢入の内芝100町歩を借りて牧場を拡大した。

美ケ原牧場の一角に、上部が皿のようにくぼんだ岩が集まっているところがあります。
昔から牛や馬たちに、病気にならないよう、塩分を与えるために利用された場所です。

岩の上に置かれた塩を、牛たちが毎日なめ続けたことで、岩の上部がすり減ってしまったという。

これは牧場の畜魂碑。
ここ美ヶ原高原の開拓者は山本俊一氏。

「登りついてはふいに開けた眼前の風景にしばらくは世界の天井が抜けたかと思う…」と、これは詩人・尾崎喜八郎氏が美ヶ原の風景を唄った詩です。

三日目、美ヶ原を離れる前に再度、美しの塔の辺りを散策。
初秋の高原に別れを告げる。

王ヶ頭(2,034m)山頂に長野県内を放送範囲とする放送局の送信所が設置されている。
標高が2,000m超と非常に高いところにあるため他県まで電波が届きやすい特徴があり、愛知県や三重県、そして関東地方の一部地域、富士山五合目でも受信できるという報告もある。

ただ、眺望の妨げになり、批判も多いようだ、キー局の看板から長野地区の地方局の名前に変更する動きがあるそうだ。
あの東京電力も早々に看板を外したそうだ。

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山本小屋へのアクセス、行き方歩き方

長野県小県郡長和町和田美ヶ原高原5101
TEL 0268-86-2011

山本小屋へ送迎の確認をしよう。

お泊りは美ヶ原高原ホテル 山本小屋

周囲は牧場や花畑に囲まれ、富士山や八ヶ岳連峰、アルプス連峰を望む眺望の美しい環境。
壮大な景色の展望温泉も感動。
ペット同伴は予約時にご相談を。

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