日本三大観音 大須観音

大須観音(おおすかんのん)は、愛知県名古屋市中区大須にある真言宗智山派の別格本山。
本尊は聖観音。
寺号は詳しくは「北野山真福寺宝生院(ほうしょういん)」と称し、宗教法人としての公称は「宝生院」だが、一般には大須観音の名で知られる。

日本三大観音の1つとも言われる観音霊場である。
なごや七福神の一である布袋像を安置する。
寺内に、『古事記』の最古写本をはじめとする貴重書を多数蔵する「真福寺文庫」がある。

元亨4年(1324年)に後醍醐天皇が大須郷(現岐阜県羽島市桑原町大須)に北野天満宮を創建。
元弘3年(1333年)に同社の別当寺として僧能信が創建した真福寺が当寺の始まりである。

その後、慶長17年(1612年)に徳川家康の命令で犬山城主の成瀬正茂によって現在地に移転、明治25年の大須の大火と第二次世界大戦の空襲による2度の焼失を被り、昭和45年(1970年)に再建し、現在に至る。

本堂へ参拝頂するための入り口、仁王門。
左右には仁王像が奉安されており、悪い物から山内を守る。

華精の鐘(女人梵鐘)
昭和41年よい子たちの成長を祈る「母の愛」の鐘として、地元婦人会を中心に、女人のみの寄進で女人梵鐘の銘のもと鋳造。

「一打即滅無量罪」(一つ撞けば限りない罪がなくなる)「一打即生無尽蔵」(永遠に楽しく生きる)を願い、万民豊楽を、祈念するものなり。

尚、この女人梵鐘には、当時の名古屋市長、杉戸清氏により、「華精の鐘」と命名され、毎朝六時、私達に妙なる音韻を響かせている。

真福寺文庫(大須文庫)
醍醐寺、根来寺と共に日本三経蔵の1つ。
あるいは仁和寺、根来寺と共に本朝三文庫の1つと称される。

15,000冊もの古典籍を所蔵。
書誌学の世界では真福寺本、大須本と言う。
国宝の『古事記』は「真福寺本古事記」として知られ、同書の現存最古の写本である。

蓮の葉の鉢に浄水を流す観音様がみえます。
台座には、『沐浴身体』の文字がありました。

郷土芸能『大正琴』発祥の地の記念碑。
9月には『大正琴大祭』がこの碑の前で執り行われる。

弘法大師修行像、真言宗開祖 弘法大師様のご尊像。

芭蕉句碑です。
『いざさらば雪見にころぶ所まで』の句が刻まれています。

1687年に、名古屋再訪の際の12月3日の夜、原町筋の当林風月堂において、如行、有道、荷兮、野水と俳諧を催し、折からの雪に発句し、堂主有道に書き与えたと伝えられます。
旧碑は戦火に遭い、現在の句碑になったようです。

抜けてしまった歯と、古くなった入れ歯をお納め頂く塚。
8月には『歯歯塚供養祭』がこの碑の前で執り行われます。

人形塚
10月の『人形供養祭』ではこの碑の前で執り行われる。

仁王門通
古さと新しさが調和した温もりのある商店街。
大須観音を通り過ぎ、大きな赤提灯の下をくぐると、饅頭、ういろう、せんべい、おもちゃなどの老舗の土産屋の中に、若者向けの古着屋、ゲームセンター、キャラクターグッズショップが溶け込んでいて、レトロなムードが漂っている。
昔、商店街は大須観音の仁王門に続いていて、ここが庶民の中心街だった。

大須観音通
大須観音の境内から東へ伸びる、下町情緒の溢れる商店街。
うなぎ屋、きんつば屋、お好み焼き屋、 刃物屋、射撃場、演芸場などが昔ながらの味わいを残している。

大須の地名はこの大須観音の門前町が発祥の地である。

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大須観音へのアクセス、行き方歩き方

大須観音公式サイト

住所:名古屋市中区大須2-21-47
地下鉄鶴舞線大須観音駅からすぐ

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