雪の南禅寺を散策

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この記事は誤って消去した記事の再掲です。
昨日に引き続き、雪景色の京都、今回は南禅寺です。

南禅寺着8時。
まだ観光客はいません。
ゆっくり散策が楽しめそうです。

勅使門は、寛永18年(1641)明正天皇より、御所にあった「日の御門」を拝領したもの。
古くは天皇や勅使の来山の折に限って開かれる門でした。
現代では住持の晋山に限って開かれています。

真乗院には応仁の乱で西軍の総大将だった山名宗全のお墓がある。

歌舞伎の『楼門五三桐』(さんもん ごさんのきり)の二幕目返しで石川五右衛門が「絶景かな絶景かな……」という名科白を廻す「南禅寺山門」がこれである。

ただし実際の三門は五右衛門の死後30年以上経った寛永5年(1628年)の建築。
五間三戸(正面柱間が5間で、うち中央3間が出入口)の二重門(2階建ての門)。
藤堂高虎が大坂夏の陣で戦死した一門の武士たちの冥福を祈るため寄進したものである

この門を入れば 涼風 おのづから
森永杉洞(さんどう)自筆の句碑。(1900~1975没)

南禅寺派の高僧として南禅寺の管長となる資格を持ちながら、これを断り、故郷伊万里市の禅寺円通寺の住職として生涯を送ったという。

暦応2年 (1339) に虎関師錬が南禅寺を開山した無関普門の塔所(墓所)として建立。
戦国時代には衰退したが,慶長7年 (1602) に武将で歌人としても知られる細川幽斎により再興された。

大方丈と小方丈からなる。
大方丈は慶長度の御所建て替えに際し、天正年間建設の旧御所の建物を下賜されたもの。

「旧御所清涼殿を移築した」とする資料が多いが、清涼殿ではなく女院御所の対面御殿を移築したものである。
接続して建つ小方丈は寛永年間の建築とされる。

水路閣の上にも雪が積もっています。
この流れ、北に向かって流れているのです。
そして哲学の道の脇を流れる疏水に繋がっています。

建設当時は古都の景観を破壊するとして反対の声もあがったそうだが今や、テレビドラマの撮影に使われるなど、京都の風景として定着している。

南禅寺の水路閣沿いを左に行けば、突き当たりに駒ヶ滝最勝院があります。
ここは最勝院駒道智大僧正の霊地。

晩年この地に隠棲されましたが、文永3年3月3日ついに秘密の法ちからにより白馬にまたがり生身を天空にかくされたと伝えられています。

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南禅寺のお食事処
南禅寺 順正  南禅寺の名物湯豆腐 – 八千代

おすすめ京都のグルメ
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南禅寺へのアクセス、行き方歩き方

住所:京都府京都市左京区南禅寺福地町
電話: (075)771-0365

蹴上駅下車、徒歩10分です。
「ねじりまんぽ」と呼ばれる隧道を抜けると境内への近道です。

市バスをご利用の場合は、東天王町下車または南禅寺・永観堂道下車、徒歩10分です。

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